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評者◆志村有弘
歴史的事実に対し大胆な異説を試みている──一揆軍の苦悶を綴るキリシタン小説「パライソ」(木下恵美子『詩と眞實』)、放浪の俳人の飄々とした姿を綴る「井月の歳月」(陽羅義光『文学街』)
No.3092 ・ 2013年01月01日




 同人誌を手にして、時々、音訓どちらでも読むことができる雑誌に出会うことがある。奥付なり表紙なり雑誌のどこかに、仮名かローマ字で雑誌名の読み方を書いて下さればありがたいと思う。
 木下恵美子の切支丹小説「パライソ」(詩と眞實第761号)が力作中編。島原の乱の盟主天草四郎誕生のイメージづくりには南蛮絵師山田右衛門作が大きな役割を果たしていたとする。一揆が起こる因となった領主の酷税、農民たちの苦悶、島原方と天草方という一揆内の反目も描かれる。四郎の正体とその死や板倉重昌の死など、伝えられている歴史的事実に対し大胆な異説を試みている。右衛門作の独白の場も見事である。「パライソを求めて集った民は、地獄の門を潜り抜けなければ、そこへたどり着けなかった」という解釈も心に残る。
 キリスト教といえば、関谷雄孝の「泡沫のキリスト」(小説家第137号)が見事な作品だ。語り手の「私」は医師。診察室に来た長田牧師は、幼い時の親友眞也とその父が住んでいた教会にいる。眞也父子は昭和二十年三月十日の空襲で焼死した。常にキリストと共にいるかのような少年眞也の揺るがぬ姿が神々しく、それだけに戦争の犠牲となったことが痛ましい。現代と戦時中との場面が交互に描かれ、長田牧師の幻想とも現実ともつかぬ不思議な体験談もあり、信者でもない「私の傍に、キリストがこんなに長く居続けてくれるとは思ってもいなかった」という述懐も心に響いてくる。静謐で落ち着いた文章も素晴らしい。
 陽羅義光の「井月の歳月」(文学街第301号)は、信州の伊那谷に流れてきた放浪の俳人井上井月の飄々とした姿勢を淡々とした筆致で描く。「あっちにうろうろこっちへふらふらそっちへぶらぶら」という「乞食井月」の姿。井月の自然体で生きる姿を言い得て妙。深い感動を覚える短篇。
 小堀文一の史伝小説「泉石残影」(丁卯第32号)は、江戸時代末の蘭学者鷹見泉石の生涯を綴る。大塩平八郎を捕え、また、渡辺崋山との親交など興味深い記が多い。日記等を資料として、既成の年譜に注解を加えているのも貴重だ。
 紺谷猛の「とうのみね」(海第86号)は、薬剤師である由紀子の心の陰影を描く。理由は分からないが夫から感じる「変化」。それに対する抵抗から多武峰の談山神社へ出かけ、見知らぬ男から来年の十月二十五日に会いたいと声を掛けられる。やがて夫の「異様な妖気」は消えたものの、一年間自分を悩ませた夫への「ちいさな復讐の旅」(一日旅)に行こうかと思う。夫の「妖気」の明確な理由は示されていない。夫から、夫の部署にいた女性社員の結婚式に出席しなければならないことを告げられ、由紀子は「これか」と思う。このあと十月二十五日の男との関係がどのように展開してゆくのか、そうしたことも気掛かりだ。大人の雰囲気を感じさせる巧みな作品である。
 エッセイでは、土井敦子の「雨の日」(みずかがみ第8号)が、十五年間にわたる文学の師藤沢周平との交流を綴り、また自己の文学論を示す。以前に発表したものの転載というが、藤沢の誠実な人柄と著者の藤沢に対する敬慕の念が滲み出ている。小林広美の「孫からのハガキ」(AMAZON第456号)が、野間宏の「暗い絵」とブリューゲルの絵、そして自分の「暗い戦後」を重ね、戦争の生き証人から「戦争は怖い」ことを「身辺に感じて欲しい」と結ぶ。説得力のある好随想。
 短歌では、佐藤成晃の「地津震波」(二〇一二年六月の記述)に、「津波引きし集落に家五軒無し遺体探しに半日歩く」・「遺体なき葬儀の知らせ四度五度一家に五人亡き今日の葬」など、断腸の思いで綴った悲痛な歌が並ぶ。3・11の震災・津波で家を流され、「仮設みなし住宅」でパソコンとプリンターを使い、私家版として編んだ手製のもの。
 俳句では、鈴木伸一の「重い光」と題する「思ひ出せない被曝以前の夏空を」・「被曝後の夏の光の重たさよ」(吟遊第56号)という原発を詠む重く悲痛な句。松田和枝の「一茶の句頭離れず蝿逃がす」・「老独り蝿一匹も居付かざり」(天塚第210号)という微苦笑と老愁の交錯する世界。悲痛と老愁は、日本の行く手を暗示、象徴している感がある。
 詩では、山本十四尾の「遺育 金花糖」(衣第27号)が、蜩の声・玉簾の花の季節を背景に亡き母への思いを綴る。詩人の優しさが美しい。田中莊介の「挽歌」・「君のいない家」(詩誌ENTASIS第7号)は友人に向けた追悼詩。「挽歌」末尾の「さみしいよ」、「君のいない家」の「さようなら わが友」という言葉に見る詩人の慟哭。鈴木正枝の詩「水遣り」(るなりあ第29号)は、表面の柔和さとは別に心の奥底に潜む牙と煩悶を巧みに表現。
 「季刊びーぐる 詩の海へ」第17号が二〇一二年五月に他界した詩人杉山平一の「人と作品」の特集を組んでいる。九十七歳で他界するまでひたすら文学道に生きた詩人の文学と人となりを知る貴重な資料。
 「詩潮」が第63号で終刊を迎えた。同人諸氏の今後の健筆を期待したい。「現代短歌NILE」第179号が麻生怜、「個性」第38号が浦野進、「別冊關學文藝」第45号が山口毅、「八雁」第6号が空栞の追悼号(含訃報)。衷心よりご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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