書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆殿島三紀
初めであり、終りである──監督ジャンニ・アメリオ『最初の人間』
No.3091 ・ 2012年12月22日




 今月観たのは『みんなで一緒に暮らしたら』『阿賀に生きる』『ニッポンの、みせものやさん』『最初の人間』など。
 『みんなで一緒に暮らしたら』。ステファン・ロブラン監督作品。ひと癖もふた癖もある5人の後期高齢者が共同生活をすると? というフランスのコメディ。75歳の今もナイスバディを保つジェーン・フォンダに驚く。『阿賀に生きる』。2007年に急逝した佐藤真監督が1992年阿賀野川流域に暮らす新潟水俣病患者の3組の老夫婦を撮ったドキュメンタリー。ニュープリントでの再公開。20年前の作品とは思えないほど新鮮で今日的な作品だ。『ニッポンの、みせものやさん』。昔懐かしい見世物小屋。日本で最後の一軒となった見世物小屋一座を記録した奥谷洋一郎監督の長編ドキュメンタリー映画。
 今回ご紹介するのは『最初の人間』。アルベール・カミュの遺作となった未完小説の映画化作品である。1913年アルジェリアに生まれ、フランス人入植者の父が第一次世界大戦で戦死してからはアルジェ市内にある母の実家で母、祖母、叔父と暮らしたカミュ。皆、文盲の貧しい家庭だったが、彼の才を見抜いた教諭の尽力によって上級学校に進む。アルジェ大学文学部に入学し、卒業後、処女エッセイ集を出版。その後、新聞記者を経て、『異邦人』、『カリギュラ』、『ペスト』で文学的地歩を固めるが、『反抗的人間』をめぐってサルトルと論争。孤立を深める。1957年、43歳でノーベル文学賞受賞。1960年交通事故死。その時、傍らの鞄に入っていた原稿が『最初の人間』だ。遺作でありながら、タイトルは「最初の人間」。初めてアルジェリアに根を下ろしたという父や、太陽と海と沙漠の大地に生まれ育ったカミュ自身のことを指しているのだろうか。アルジェリアではフランス人として、アルジェのフランス人社会では貧困層として、異邦人の立場を生きたカミュ。主人公ジャック・コルムリが、アルジェリアの独立運動のさなかに帰郷する設定のこの未完の小説はまさにカミュの自伝であり、これまでに書いてきた作品の原点である。聖書にあるように「初めであり、終りである」なのだ。
 映画は、主人公ジャックが仏ブルターニュの軍人墓地に佇むシーンから、独立運動さなかのアルジェリアに帰郷する場面へと一転する。木々の緑から砂色の大地への転換も鮮やかなら、墓地の静寂から騒擾への移動もすごい。そして、母の実家で壮年のジャックが1920年代の子供時代へと回帰していくつながり。このワープ感がたまらない。監督は『家の鍵』(04)のジャンニ・アメリオ。抒情詩を思わせるような主人公の子供時代は、子供の演出にかけては天下一品のアメリオ監督ならではのものか。
 「今日、ママンが死んだ」というクールな表現になじんだ身には、本作での主人公はあまりに人間的で情緒的。同様に、カミュという作家を、不条理文学の旗手という先入見で捉えていたため、ここで目にした人間的な主人公に意外感を持った。だが、そんなクールさと情緒性を併せ持つ主人公をジャック・ガンブランが好演。この俳優、カミュのイメージに驚くほど近い。イメージはそのままアルベール・カミュでありながら、彼が演じたジャックはこれまで抱いていたカミュ像を嬉しい形で裏切ってくれる。政治の時代に生きたイコンとしてのカミュではなく、肉親や恩人、そして、アルジェリアの風土に密着した生きた人間的なジャック=カミュがスクリーンには息づいていた。
 来年はカミュ生誕100年。この映画で初めて彼に出会う人は幸せである。ママンが好きでサッカーを愛した天真爛漫な少年のカミュに会い、なんといっても「今日、ママンが死んだ」の縛りに囚われず、時系列でカミュを知ることができるのだから。
(フリーライター)

※『最初の人間』は、12月15日(土)より、岩波ホール他全国順次公開。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約