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評者◆白川浩介(オリオン書房サザン店、東京都立川市)
キワキワの線を走る作者のすさまじい妄想力──奥泉光著『虫樹音楽集』(本体1500円・集英社)
No.3091 ・ 2012年12月22日




 作者の奥泉光さんには何度かお目にかかったことがあります。書店を大事に思ってくださる奥泉さんが、新刊が出るたびに出版社さんに連れられてプロモーションで来店いただくときにお目にかかるので、もちろん深いお付き合いがあるわけではありません。ついでに言うと、弊社にご来店いただくのも販売戦略的に重要な書店だからというわけでは残念ながら多分なく、奥泉さんが小説の舞台によく取り上げる国分寺や三鷹という場所に比較的近い場所にある書店だから、というのが大きいのではないかと拝察しています。
 で、白状すると、今回お越しいただいたときに私はこの本を読んでいませんでした。『シューマンの指』があまりに素晴らしすぎて次の作品を読むのが怖かったから、というのは言い訳ですが(いやまったく嘘でもないんですが)、冒頭の「川辺のザムザ」という短編のタイトルに「これって海辺の……ゲフンゲフン」と胡散臭さも感じてしまっていたのを正直に告白します。「王様のブランチ」などなど、さまざまなテレビ番組に出演なさっている奥泉さんなので、どういう方なのかは多くの方がご存じかとは思いますが、今回も非常にジェントルかつニコヤカに本にサインなどしていただき、さらに「ジャズとカフカについての本を書きました。お読みいただければ幸いです」なんて謙虚な文言のPOPまで書いていただいて「じゃっ、何かあったらお声かけくださいね!」と相変わらず腰は低くサワヤカに去っていかれた訳ですが、作者のヒトトナリと作品を混同するのは愚の骨頂とは知ってはいても、そのあとでこの本を拝読して「また騙された~!!」と絶叫したくなりました。
 野間文芸賞を受賞された『神器』も話がどこまでいくのかハラハラする壮大な話でしたが、今回も本作所収六編目の「虫樹集」のように、アタマの中に虫を注入されて気持ちよくかき回されたような、凌辱されてしまって何か大事なものを失ってしまった気がするんだけどこの気持ちよさは如何ともし難い、そんな気になってしまった作品でした。
 物語は「イモナベ」と呼ばれる、1960~70年代に活躍したサックスプレイヤーを中心にした話に、間奏曲のように「虫」に関するグロテスクかつ異様に想像力を掻き立てられる短編を挟み込む形で進んでいきます。カフカの「変身」と、60、70年代の日本の(フリー)ジャズ界をモデルにして話が進む(マイク・モラスキー氏の本も参考文献として登場していた)。カフカの「変身」は、実は幼虫が成虫になる「変態」のことであるという「曲解」と、一人の実直だが華がないサックスプレイヤーがいかにして「変態」を遂げるかという話のダブルイメージなのだが、はたしてどこまでが虚で実なのか読者には判然としません。
 だが、最初は「『イモナベ』って誰?」とウィキペディアなんぞを引いていた読者も、読み進めていくうちに何が虚で実なのかどうでもよくなるでしょう。また、ある程度ジャズに詳しい読者であれば、最初から作者が広げた風呂敷がどうやって畳まれるのかというスリルだけで260ページを読み進められるでしょう。なぜなら、この小説には阿部薫や渡辺貞夫という実在の人物がナマナマしく活躍した時代へのなまなかでない取材と敬意に溢れている一方、それらを虚構の一部として取り込み、カフカの物語ですら話の一部としてとりこむという非常に大きな枠組みと小説的野心に満ち満ちた壮大な「ほら話」だからなのであります。
 「抒情からはほど遠い、えげつない即物性の印象を与えながら、しかもそれで透明で、あえて言えば美しいのだ」。これは作中で作者が「イモナベ」の演奏を評した言葉ですが、この言葉はそのままこの作品にもあてはまります。極めて謹直で冷静な文体ながら、テーマやコード展開から離脱してギリギリのところでソロを繰り広げるジャズミュージシャンのプレイのようにキワキワの線を走る作者のすさまじい妄想力を、ぜひご堪能あれ。







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