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評者◆澤村修治
保守思想はなぜ安易に「英知」を語るのか──そして、なぜ「原則」を語らないのか(上)
No.3090 ・ 2012年12月15日





 保守という考えは文字どおり「保ち守ること」である。守旧(一切変えない)というのでは勿論ないが、変化、あるいは時代の傾向といってもよいが、そういった状況に対して抵抗する思想であることは間違いない。ゆえに保守は、変わろうとする状況があったとき、変化していく未来の方向性に積極的な関心を持たない態度を意識的・無意識的にとることになる。なお、漸進の肯定を保守は内包するが、「漸進」という考え自体、変化への警戒という意味では同じ根拠に立つのはいうまでもない。
 進歩の考えは、たえず将来への方向性を示す。保守はそういった「未来の方向性」という発想自体を拒むゆえ、当然ながら、その方向性aに対して別の方向性bを指し示すわけではない。そうなると、aが持続を貫くなかで、〈保守主義はそれ自体の選択によらない道へ引きずられていくことをつねにその宿命とせざるをえない〉のである(ハイエク、春秋社版訳、以下同)。つまり保守主義は進歩主義との闘争に局地戦的勝利を得る場合はあっても、方向性aそれ自体を根本的に封じるという意味で「勝者」となることはできない。勝者となるとしたらbを対置しなければならないが、それをもたないからだ。反対だといっているだけでは、持続するaに最後には押し流される。これは歴史の事実が証明するところだといえよう。結局、〈保守主義者と進歩主義者とのあいだの決戦は、その時々の発展の速度にたいして影響を与えることができるだけであって、その方向にたいしてはできない〉のである。こうした事情をよく知っているほんとうの保守主義者は、現今のたたかいで自分たちが最後には敗者となるし、今後のどのような「未来の方向性」を示した者とのたたかいでも、たえず敗者となるのは、自身の思想態度上の必然であると知悉している。ゆえに、安易に「勝利」のヴィジョンを語るまいとわきまえている。文章のなかに、あるいは行間にそのニュアンスが出ていたら、それはほんとうの保守思想家である証拠だといってもよい。つまりほんとうの保守は醒めているのである。醒めさせられている、といってもよい。
 こうした微妙なところをわきまえない俗流保守だけが、「勝利」を幻視して興奮し続ける。かれらが方向性aを批判する理由は、いかに説明を尽くしているようであっても、結局は「気にくわないから」だけでしかない。かれら俗流が乱舞する構図は、現代ジャーナリズムにふんだんに実例が見られる。保守は実のところ、新しい考えに対して、それに反対する明白な原則を持っていない。勿論、こうした未来への無方向性(方向性そのものへの無関心)こそ保守の保守たる特徴であり、掛け値なく現代思想界の一翼として重要な思想態度だとはいえる。しかし、オルタナティヴとしての原則b、そして「未来の方向性」bをもたない思想態度は、いくら言動だけ威勢のいいものを発し続けたとしても、所詮「言っているだけ」で終わる。せいぜい「多少の待ったをかける」(つまりは〈速度への影響〉)くらいが、成せることの限界だといわねばならない。〈理論を信用せず、経験によって証明されたもの以外については想像力を欠いているために、保守主義は思想の闘争に必要な武器を放棄している。〉こう書いたハイエクは、武器なきたたかいをたたかう人々が陥る姿を、きわめて無遠慮に、次のように描くのである。
 〈一般に保守主義の最終手段はあるすぐれた特質を自分勝手に僭称し、それをもとにして優秀な英知を主張するのである。〉
 俗流保守がさまざまな「英知」(伝統、格式、徳義、人格等)を語るのは、行き詰まった敗者の〈最終手段〉である場合は多い。居心地が良いというだけでそれらを語る俗流保守は、閉塞のなかにある現今の日本と日本人にとって、無益にして空疎な多弁家にすぎない。政治の季節を迎えて、延々と続くメディアの狂騒のなかで、この観点を覚えておくと、なにかの役に立つこともあるやもしれぬ。
(つづく)
(評論家・評伝作家)







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