書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆渡辺啓市(ブックスなにわ古川店、宮城県大崎市)
一編の空振りもない連作集──七河迦南著『空耳の森』(本体1700円・東京創元社)
No.3090 ・ 2012年12月15日




 本書は連作短編集『七つの海を照らす星』で第十八回鮎川哲也賞を受賞した新星、七河迦南久し振りの新刊。
 デビュー作、続く第二作『アルバトロスは羽ばたかない』は児童養護施設「七海学園」を舞台に、学園内で起きた日常の謎を、ベテランの児童福祉司海王さんの助けを借りながら、主人公の保育士北沢春菜が解明していく連作集なのだが、快いリズムの文章、意表をつく構成の妙で施設に育つ子供たちの屈折した心理と成長を描いた、哀切感あふれる青春ミステリーだった。
 そして二年ぶりの新刊は、七海学園のスピンオフ短編集。
 前二作に登場した七海学園の生徒と職員たちの過去が語られる物語構成は、全編を通して最終話の「空耳の森」に辿り着くまで、彼女らが人として成長していく過程で、何に躓いてしまったのか、宝石箱をひっくり返すように、それぞれの「思い出」を拡げて目の前に晒してくれる。それは置き去りにされた信頼だったり、亀裂の入った友情だったり、叶えられない思慕だったりと、必ずしも楽しい記憶とは限らないが、時の流れが濾過したおかげで決して陰鬱ではなく、秋の陽射しのように透んだ光を反射させている。
 例えば第六話の「さよならシンデレラ」。同じクラスの小学四年生リコとカイエは、転校してきたミステリー好きのマサトに引き込まれ、少年探偵団を結成し、町や校内の様々な事件を解決する。
 気取り屋でいつもチッチッと顔の前で人差し指を立てて振る仕草をする彼の推理の大半は空振りだったが、彼がシナリオを書いた学芸会の創作劇で、シンデレラの役を演じたリコは、それを楽しい思い出として胸にしまっている。
 ある日、三人で遠出をし、河口まで探検に行くのだが、その途中、商店街の肉屋の店先に吊るされた羽を毟られた鶏にリコはゾッとする。道に迷い結局三人は河口まで辿りつけずに遅く帰宅し、叱責され、マサトの転校を機に探偵団は解散する。
 数年後リコは家庭事情から幼い弟妹のため私立中学を退学し、年齢を偽り風俗で働く。
 ある日後輩中学生たちの抗争に巻き込まれたリコは、強盗傷害の嫌疑をかけられる。そこにまたこの地に戻ってきたマサトが鮮やかにリコの窮地を救うのだが、リコの勤める風俗店へ訪ねたマサトを待っていたのは……。
 誰もが無邪気な笑顔のあの頃に戻れるなら、と願う。裕福な家庭に育ったマサトにとって、好きな女の子が家族のために風俗で働くことがどういうことか、その時彼はきっと気づいたのだ。
 謎を解いたためにバレずに風俗で働き続けることと、解明しないことでリコが補導され、少年鑑別所に送致されたろうが、出所すれば人生をやり直すことができたかもしれないこと。どちらが彼女にとって幸せだったのだろうと。
 追い返され悄然と去っていくマサトを見て、カイエに呟くリコの言葉が哀しい。
 「少し寂しいけれど、でもほっとしたよ」。リコはあの時見た、羽を毟られた鶏になってしまっていたのだ。
 迎えに来た王子を追い返し、シンデレラになれなかったリコ。三人が辿り着かなかった河口の向こうにはどんな未来があったのだろうか。
 物語の最後、リコとカイエの友情を現す美しい場面があるが、実はそれが次作「桜前線」の効果を上げて……。
 本書はできるなら前二作を読了してから読み始めてほしい。大切な人に再会する懐かしさで楽しみが倍増する。
 えっ、三冊も読むのは大変って? チッチッ、分かってないな。一度読み始めればあっと言う間。きっと何度でも読み返したくなる筈。一編の空振りもないから安心してくれ。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約