|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
評者◆小林英樹
人の偉業に真に迫った「贋作」の可能性を提示──美術サスペンスに留まらぬ示唆に富んだ一冊
フェルメールの仮面
小林英樹
No.3090 ・ 2012年12月15日
長年ゴッホ研究に携わり、日本推理作家協会賞受賞作『ゴッホの遺言』など数多くの関連書籍を世に送り出してきた小林英樹氏が、今年八月に初のフィクション『フェルメールの仮面』を上梓した。本書は優れた絵画模写・修復能力を持つ主人公が、フェルメールの絵画を巡る陰謀と絡み合う様をリアルな筆致で描いた異色の「美術サスペンス小説」。氏ならではの絵画解説や、絵画模写・修復シーンの精緻な描写が豊富に盛り込まれている点も、本書の読みどころの一つだ。
「「読者は常に、何か専門の領域に顔を突っ込みたいと思っている。この本を読んだことによって儲けた気がするような本はとても喜ばれるんだよ」と、かつてある人に言われたことがあります。難しすぎると読者は離れてしまうけれど、あまり易しすぎて絵を知らない人でも書けるようなものではいけない。それならば、絵を追究した人にしか書けない専門的な領域を描いてみようと思いました。物語のジャンルを決めるよりも、まずはそちらが先でした」 本書巻頭の口絵には疑問作を含めたフェルメールの絵画六点が挿入されており、ストーリーを読みながら参照できる仕掛けとなっている。氏が初めてフェルメールの絵画「真珠の耳飾りの少女」と「デルフトの眺望」を見て感銘を受けたのは1979年、オランダのマウリッツハイス美術館を訪れた時のこと。執筆にあたって、小林氏は「デルフトの眺望」のような一作に仕上げたいと考えたそうだ。 「たとえば地上で人類が滅びたとしても、地球はずっとそこに残っている。そこには小鳥がいたり、陽光が降り注いでいたりするかもしれない。「デルフトの眺望」からはフェルメールのそういう思いが伝わります。戦争があったり、人が病に倒れたり、這いあがったり衰亡があったりするけれど、地球や町の佇まいはいつもそこに静かにある。本作では主人公が小樽に降り立つ最初と最後の場面が、一枚続きの風景画のように繋がった物語になるよう描きました」 そうした景色の中で繰り広げられる人類の営みの中に、「贋作をつくる」行為がある。本書ではこの行為が非常に重要な意味を持ってくる。 「ゴッホ研究において、私はずっと「贋作」を否定的に見てきました。ゴッホ作でないものを排除したいという気持ちは、今も揺るぎはありません。でも一方で、相反する想いもあります。 私は音楽が好きで演奏会にもよく行くのですが、音楽家たちの「演奏」というのは、ある意味では「模倣」ですよね。誰かが作曲したものを再現するわけだから。でも、この曲はこの人が演奏しないとこんなに感動的にならない、という側面もある。もちろんオリジナルなら何でも偉大というわけではない。単純にオリジナルをつくる人ならごまんといるけれど、ショパンを見事に演奏できる人はそうそういません。それと同じで、たとえばピカソがマティスの模写をしたら、ダリがフェルメールの模写をしたら、オリジナルとは一味違う、あるいはさらに素晴らしい作品ができたかもしれないという可能性もあります」 本書に登場する「小樽デルフト美術館」という模写名画美術館のアイデアも、そうした可能性の一つとして提示されている。 「私たちの前後の世代には、作家としては名を残さなかったけれど良い模写をしていたという人が多いです。「おじいちゃんの模写を捨てるのは勿体ないけれど、どうしたら良いのかわからない」という人がたくさんいます。そういう人たちに呼び掛けて、全国から模写絵画を小樽に集める。灰色の空と海をフェルメールのいたデルフトと結び付けて、模写の名画美術館を作る。土産や食べ物のように物質的なものではなくて、精神的な賑わいを求めたらどうかというものですが、ここを書きすぎると別の本になってしまう(笑)。でも、それくらいの気持ちとアイデアがあります」 町おこしのきっかけに繋がる「小樽デルフト美術館」というアイデアは、日本一の収益を誇るといわれている、徳島県の陶板名画美術館・大塚美術館にヒントを得たそうだ。 可能性は他にもある。小林氏が教鞭をとっている愛知県立芸術大学では日本画科で模写・修復の授業が盛んに行われており、高松塚古墳や法隆寺の現状模写等が事細かに行われている。壁画が経年劣化し修復困難となった現在となっては、貴重な資料であり、作品としての価値も高まっているようだ。 小林氏は最後にこう語る。 「「贋作」が「良い」とは思いません。ですが一流を極めるために贋作に挑戦する試みを「悪い」とも思わない。そうした作品に関わるのが二流三流の人間だから、作品自体も汚れて見えてしまうだけです。一流の人間が、物事を極めるために「人の偉業に真に迫ろうとする」ことの尊さ、可能性の領域は他にもまだまだ残されています。本書がその可能性の問題提起になればと願っています」 ▲小林英樹(こばやし・ひでき)氏=1947年生まれ。愛知県立芸術大学美術学部油画専攻教授。著書に『ゴッホの宇宙』(中央公論新社)、『「ゴッホ」にいつまでだまされ続けるのか』(情報センター出版局)などがある。 |
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
取扱い書店| 企業概要| プライバシーポリシー| 利用規約 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||