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評者◆杉本真維子
息の突風
No.3089 ・ 2012年12月08日
ときどき、思っていることと逆のことを口にしてしまう。気づいて後悔するが、他人にはどうでもいい言い違いなので、心のなかだけで言い直している。こういうことはシンポジウムなど、お客さんを前にしたときに内省的に際立つが、何気ない日常でも起こっているはずだ。あ、今、違うことを喋った、という、小さな戸惑いが。
「しずおか連詩の会」(大岡信監修)に参加した。5人の詩人が3日間、カンヅメになって40篇の詩を紡ぎ、墨書をし、4日目にグランシップという美しい会場で発表する。私は4年ぶり、2度目の参加だったので、前回と比べてどうですか、という質問を受けることが何度かあった。前回は、年齢の大きく離れた男性詩人のなかに、私という若輩者が一人、という環境。今年は、野村喜和夫氏を捌き手に、ジェフリー・アングルス氏という「まれびと」を迎え、女性は私を含めて三人。またしても最年少だった。メンバーが変われば、当然、場の雰囲気も変わる。場は人を超えて、生き物のような個性を生み出し、比べる部分がどこにもなかった。けれども、二度目、女性が三人、という文脈の流れから、思い当たる心の一部分を指して応えたのだろう。「前回よりもリラックスして書けたと思います」と。でも、それは一方でとんでもない話だった。挙句を担当することが初日に決まり、プレッシャーで、待ち時間もずっと緊張していたのだ。 なぜ強い実感をさしおいたのだろう。自分を厳しく質したい気持ちに駆られ、帰宅してから、4年前の様子を撮影したビデオを眺めた。そこには、しーんと静謐な時間があった。私語を慎む空気は些細なことを面白く感じさせる。隣で読書する大岡氏に本のタイトルを尋ね、笑顔で本の内容を説明してくれている氏の姿。待ち時間に自分がパソコンを打つポーズを八木忠栄氏に撮影してもらい、クスクスと明るい笑い声が漏れている室内。窓の外には、富士山が見える。何より、ほんの数分でも撮影していること自体、なんというリラックス。ばかだなあ私。比べられないものは、どうやっても比べられないのだ。 今年は一人の作品を全員で推敲し、さらに精度を高めるという異例の作業があった。詩作の途中で誰かに助言してもらえるなんて、夢のような話だが、いざ現実になると、一生懸命やっても他人より少し遅れる自分を知る。今、これを書きながら、小学校のときの給食を思い出している。清掃の時間になっても、埃のなかで、食べていたこと。 スタッフの方々の熱意、渾身のフォロー……、「同じ釜の飯を食った」日々はからだに染みつき、別れ際は、今年も剥離のような痛みを覚えた。きっと些細な言い違いが気になるのは、ずうっと一緒にいられない人だからこそ、正確に、自分の気持を伝えたいと願うからだ。でも何も言い直さなくてよい、という確信も、私のなかにあった。連詩という共同作業で結ばれた、見えない糸の強度に、触れていたのかもしれない。 「すんでのところで戸板を返せば別れ汚いあたしたち/誰でも知っているでしょう 途中がいちばんいとおしい」という、覚和歌子氏の38篇目の詩の一節を抱いて、キリリ、会場をあとにした。名残惜しさを「別れ汚い」という言葉で支えるだけで、こんなにも眼差しを前に進めることができる。それから、たまたま道を尋ねた女性が、静岡駅前を案内してくれて、いろんな話をしながら呉服町通りを一緒に歩いた。喫茶店に入ると、大学時代の友人から久しぶりに電話が入った。あ、これは連詩の続きだな、と思った。言葉を受けて、誰かへと送る。当たり前の日常のなかで、言葉とともに運ばれていく「息」を見た。それは突風のように、誤解すらも吹き飛ばし、人と人を向きあわせているような気がした。 (詩人) |
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