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評者◆白川浩介(オリオン書房サザン店、東京都立川市)
メディアが政局や時局を変えた時代もあった──『遥かなる『文藝春秋』──オンリー・イエスタデイ1989』(本体1800円・小学館)
No.3087 ・ 2012年11月24日




 1989年、私は高校2年生だった。テレビのニュースや新聞の社会面を通じて、なんとなく世界や社会に興味を持ち始め、感受性だけは人生の中で一番豊かで半可通の知ったかぶりのガキには、1989年に起こった出来事たちは刺激が強かった。1月に昭和天皇が崩御され元号が改まり、4月からは消費税が導入された。6月には天安門事件が起き、そして11月のベルリンの壁崩壊から一気に共産圏が崩壊し、冷戦が終結した。たかだか17年しか生きていない高校生にとってすら、ベルリンの壁やそれが象徴する「冷戦」はいつか崩壊すると一部で言われながらも決して変わらないものの象徴だった。あれから20年以上経ち、さまざまなことを見聞きしたが、それぞれに重要な意味を持つと理解しつつも、「世界が変わる」「歴史的瞬間に立ち会った」と思ったのは、あのベルリンの壁にツルハシが振り下ろされる映像を見た瞬間以上のものはない。
 その激動の時代に、今よりももっと売れていてもっと政治的発言力の強かった総合誌の編集長職にあったのが著者である。前著『オンリー・イエスタデイ1989』では今は無きオピニオン誌「諸君!」編集長時代を書かれたのに続き、本書ではその後就任した「文藝春秋」編集長時代が綴られる。前著と本書では著者の立ち位置も微妙に異なるが、日本では昭和から平成へと移行し、世界は冷戦終了直後の混乱期に直面していた、いわば噴火が始まってマグマが吹き出ているような頃が前著で、本書はポスト冷戦に向けて世界が収縮を始める(もしくは混乱が始まった)頃、傷口に瘡蓋はできたがそのあとは……というのが本書、である。
 二作を通じて特に印象的なのは、冷戦の終了を「資本主義陣営の勝利」と浮かれるのではなく「世界再編成の混乱の始まり」と冷静に見通す著者の視線である。冷戦の終了は民族の自立を促し、新たなる紛争の時代へと突入する危険性があるという視点は、ベルリンの壁崩壊にショックを受けるとともに浮かれてもいた高校生にはとても意外だったが、同時に世界の枠組みというものを改めて考える、いいきっかけを与えてくれた。この「何かが解決するということは、別の新たな問題が噴出するきっかけでもある」というある種のペシミズムも、この時以来自分自身の思考を形成する上で重要な要素だと今になっては思えるのである。
 著者が編集長の時代に、「文藝春秋」は細川護熙氏の新党結成を宣言する論文を掲載し、それがやがて日本新党結成へとつながり、55年体制の崩壊を招くのだが、そこに至る状況の詳述を読むにつれ、総合月刊誌(でなくてもなんでもよいのだが)などの「メディア」が政局や時局を変える時代というものが確実にあったのだ、と改めて思う。今後がどうなるのか分からないが、一つだけ確実に言えることは、SNSなどで情報の伝播のスピードが過去とは比べ物にならないくらい速くなった今、情報媒体としては鈍重に見える総合月刊誌のような存在が、脊髄反射的に状況判断する愚を犯さないためにますます重要になってきている、ということだ。自分も販売に従事する者として、そこは心していきたいと思う。
 最後に一つ告白すると、実は著者は私の実の父親である。実父の本で紙面を割かせていただくのは如何なものかという逡巡や、身内の書いたものを紹介する気恥ずかしさはあった。が、すでに若い世代にとってはベルリンの壁崩壊が現在とは断絶した「歴史的事実」になっている今、冷戦崩壊から今に至る歴史の流れがある程度俯瞰できる本書を紹介するのも悪くないと思った。所詮は一個人の回顧録ではあるが、現在起きていることは過去に必ず原因や萌芽がある、そのことを本書を読んで改めて私は知った。







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