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評者◆内堀弘
ほんとうに美しい本──「日本オルタナ出版史1923-1945」が見せたもの
No.3087 ・ 2012年11月24日




 某月某日。以前、『マヴォ』という雑誌の刊行人を調べたことがある。一九二〇年代に村山知義や柳瀬正夢が参加した前衛芸術誌だ。本文に古新聞紙を使ったり、表紙にかんしゃく玉を貼り付けたり、七十年代にだってこんなに破天荒なものはない。雑誌というよりまるでオブジェだ。日本のアヴァンギャルドを象徴する雑誌だが、ではこれを発行した長隆舎書店とはどんなところだったのか、刊行人の畑鋭一郎とは何者だったのか、ということは、文学史や美術史に一行の記録もない。よく、作家の集合写真に「一人置いて誰々」とあるが、その一人置かれるのがこうした人たちだ。
 この夏、デザイン誌『アイデア』(誠文堂新光社)が「日本のオルタナ出版史1923-1945」という特集を組んだ。副題には「ほんとうに美しい本」とある。
 目次に並ぶのは五十沢二郎(やぽんな書房)とか秋朱之介(以士帖印社)、平井博(版画荘)や平井功(游牧印書)という聞き慣れない名前ばかりだ。彼らは個性的なリトルプレスの担い手で、つまり出版社の編集者としてではなく、ほとんどが一人で本を作った人たちだ。
 この特集は、書物を著者や装丁者で分けるのではなく、こうした刊行者たちの作品として区分した。これを見ていると、その時代のシンボリックな書物は名もなき小さな担い手によって送り出されていたことがわかる。いや、戦後の書肆ユリイカの伊達得夫を加えれば、昭和三十年代までそんなことが続いていたのだ。
 昭和初頭のエンポン(一円全集)ブームは空前の大量出版・大量消費を生みだした。出版が産業化し、そのカウンターのように小さな刊行者たちが登場する。と、すれば、今だって状況はそう変わらない。出版は一人でもできる。
 私は古本屋だから、彼らの遺した書物をよく見てきた。印刷部数が多いわけではない。作家たちはインディーズの版元に寛容であり、読者はそれを大切なものとして長く手元に置いた。後の私たちが出会っているのはその豊饒なのだ。
 「姿あるものは、姿なきものの影」という言葉をしきりに思い出した。無名な魂が落とした影を「ほんとうに美しい本」と名付けたのは、素敵なことだった。
(古書店主)







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