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評者◆樋口尚文
TVドラマと併走した一七年、明暗に切り込む斬新な批評集──閉塞打開の鍵はプロデューサー至上主義をぶち壊すこと
テレビ・トラベラー――昭和・平成テレビドラマ批評大全
樋口尚文
No.3086 ・ 2012年11月17日




 映画批評家の樋口尚文氏が、雑誌「キネマ旬報」に連載していたテレビドラマ批評の全文を集めた大著。その期間はなんと一九九四年四月から二〇一〇年一二月までの一七年間というから、ずしりと重いボリュームはうなずける。「バブル崩壊直後ぐらいから書き始めたわけですが、それはちょうどドラマが失速していった時期でした」と振り返る。
 「一九六〇年代、テレビは「電気紙芝居」、つまり映画に対する下位ジャンルとして扱われてきました。映画の凋落期に、そこからあぶれた人材がしぶしぶ作るという時期です。そして七〇年代には、映画ではない独立したメディアと捉えられた。そこへ山田太一さんや和田勉さんら優れた作家が登場し、テレビ史に残る重要な作品が多数作られた。八〇年代は円熟期を迎えて、作家ではなくてプロデューサーの時代になった。それがバブル期と符合する。作家とプロデューサーの大きな違いは、前者は自分が大衆を牽引するためにいいものを見せようという個の思いで作り、プロデューサーはえてして大衆が望んでいるものに作品を合わせようと考える点です。そのあたりからドラマは明らかにつまらなくなった(笑)。けれども、まだお金があったので華やかさだけはありました。ところが九〇年代はそれすらダメになり、全部ご破算に。本書を書き出したのは、そういう時期でした。私は作家的なものもプロデューサー的なものもどちらも否定しません。やり切っていればいい。しかし今はそれができていない不毛の時代。だから「かつては頑張った人がいたのに、今はどうなっているんだ?」という気持ちを書き続けた一七年でしたね」
 とにかくテレビドラマ批評という観点が斬新だ。確かにそれ以前にも批評はあった。しかしそれらは、思いつきの感想や印象に過ぎないものでもあった。氏は一線を画すため「ドラマ史」と、作り手たちが置かれている「システム」へも目配りを利かせた。また失敗作にこそ注目するという眼差しも特徴的といえる。
 「昔から局に出入りしているロートルの放送評論家と呼ばれる方々が手掛ける夜郎自大なテレビ論壇というものがあり、作り手は賞をもらうために、彼らに平身低頭するという図式があった。本当にことごとくくだらない(笑)。そこで書き落とされてきたことを拾遺して、「現在」を書こうという野心がありました。単なる印象・感想と批評を隔てるのは、ある作家の作品履歴を参照しながら時間的なパースペクティブを導入しているかどうかだと思います。作家の成長・発展のプロセスを歴史的に見ていくと、確かに失敗作ではあるけれども、ただ失敗しているわけではなく、これまでの履歴とは違うものを撮ろうとしてもがいている、あえいでいるのがよく分かります。撮りたいものばかり撮れるわけではないのです。その悪戦苦闘を見つめることが重要だと思います。映画も同じで冒険作、野心作を撮ると失敗作といわれる。しかし優れた映画監督は必ず失敗作を撮っています。だから私はむしろ失敗作はつくるべきといいたいですね」
 現実と同様に、ドラマの世界もまた大変な閉塞状況にある。本書を読むと、その行き詰まりの感じはひしひしと伝わってくる。その打開策について聞いた。
 「プロデューサー至上主義をぶち壊さないとダメだと思います。プロデューサーが考えるのは企画。企画は、梗概に過ぎません。それは大きなレールのようなもので、しかしドラマは細部の重なりで出来上がるもの。現在のドラマは企画書どおりの絵解きにしかなっていないものが多いですね。劇的なものは細部に宿るというドラマは、ごく一部ですが作られています。原田芳雄さんから教えていただいた「火の魚」(NHK、脚本/渡辺あや、演出/黒崎博)などがそうですが、なかなかムーヴメントにはならない。実は白状すると連載終了後、燃え尽き症候群で、あまりドラマを見なくなってしまいました(笑)。ただ今後は私と同じ、思い切りテレビの恩恵に浴してきた世代が、テレビに恩返し、あるいは「今のテレビは僕らが見ていたような面白い番組がないぞ!」という異議申し立ての気持ちで取り組んでいくはずです。そこに期待したいですね」
 実は樋口氏、来年の二月二三日に初の劇場用映画の監督作『インターミッション』(http://pathos‐lastmovie.com/)が銀座シネパトスで公開。同館は三月三一日で閉館することが決まっており、最後の上映作品となる。
 「これだけ人のことをボロクソに言っている人間が映画監督をする、恐ろしいことです(笑)。皆さんから、「よく監督できますね」と言われますよ」
 秋吉久美子主演でおくる『インターミッション』の舞台は、公開劇場の銀座シネパトスというから驚く。異例の企画を実現させるパワーの源は、やはりテレビと映画への「愛」だろう。本書からにじみ出ている「愛」が、何よりの証拠だ。

▲樋口尚文(ひぐち・なおふみ)氏=1962年生まれ。映画批評家。著書に『グッドモーニング、ゴジラ』(国書刊行会)、『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』(筑摩書房)、『大島渚のすべて』(キネマ旬報社)など多数。







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