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評者◆中川素子
「アート」と「教育」を結ぶ──境界を崩したり飛び越えたり、別領域とされているものを同じ土台で考える
スクール・アート――現代美術が開示する学校・教育・社会
中川素子
No.3085 ・ 2012年11月10日




 『スクール・アート』というタイトルに、最初は〈美術教育〉をイメージしたが、本書はサブタイトルの「現代美術が開示する学校・教育・社会」という言葉どおり、アートを通して教育と子どもたちが置かれている状況を考えようとしている。たとえば、校舎に閉じ込められ身動きならない若者を描いた石田徹也の《囚人》、クローンのような子どもたちが並ぶ藤阪新吾の《よいこの学習》、貧しさが教室にも及んでいる土門拳の《筑豊のこどもたち 弁当を持ってこない子》、ヴェトナム戦争中の子どもに対する米国の姿勢を感じさせるローゼンクイストの《成長計画》などである。作品はこういった重いものばかりではない。日本の受験制度をミニゴルフで遊びながら体験させるベラーズの《Par for the Course》、教科書を笑いで包んだ島田寛昭の《たのしいこくご 1上》など皮肉とユーモアに満ちたものもある。
 今まであまり関係づけて論じられることのなかった「アート」と「教育」を結んでみせた中川氏は、「境界を崩したり飛び越えたり、別領域とされているものを同じ土台で考える癖がある」と言う。「研究者というより編集者向きかな。父に似たのかも」と自らを評するが、父である高杉一郎氏は改造社で『文芸』編集長を務め、『極光のかげに』(岩波文庫)、『スターリン体験』(岩波書店)などの著作、また『ギリシャ神話』(紀伊國屋書店)、『トムは真夜中の庭で』(岩波書店)などの翻訳でも名高い。
 中川氏には『絵本はアート』(教育出版センター)から始まり、絵本論の著作が多く、編集代表を務めた『絵本の事典』(朝倉書店)も好評である。『本の美術誌』(工作舎)、『ブック・アートの世界』(水声社)などアートを主体にした本はもちろんのこと、『絵本はアート』(教育出版センター)や『絵本は小さな美術館』(平凡社)など絵本紹介を主目的にした本でも、絵本を子どものものという定義に押し込めることなく、現代アート作品も混じらせている。「編集者が気づかないほど少しだけ入れるのがみそなんです。でも、ちょっとした混じらせ方でも定着すると、世の中での受け取られ方が変わるんですよ」と笑う。
 ほかにも『モナ・リザは妊娠中? 出産の美術誌』(平凡社)と、著書のテーマは多様だが、今回〈教育〉をとりあげたのは、教育学部教員としていささかの義務感もあったという。しかしそれ以上に、固定観念にとらわれた教育論や聞き飽きた語彙を並べるのでなく、現代美術が新しい教育論を展開させうると感じたからのようだ。たとえば、最後の章でとりあげている山本高之の《子どもパレード ~ぼくらのこえ~》は、子どもたちがデモをし、それぞれの希望を叫ぶといったものだ。「ハムスターがゆびをかまないようにしてほしい」といったかわいい希望もあれば、「給食の時間にしゃべらせてほしい」といったものもある。子どもの叫びに今の学校の姿が浮かび上がってくる。本書によると、“教育=education”の語源となるラテン語「エドゥカティオ」には「引き出す」という意味があるそうだが、山本高之の作品は、その言葉を具現化したともいえる。
 中川氏は、来年3月に大学を退官予定。その後は共編『絵本で読み解く宮沢賢治(仮)』(水声社)、編著『絵本学講座』シリーズ(朝倉書店)などの企画があるようだが、特に力を入れたいのが、シリーズ中の『絵本ワークショップ(仮)』とのこと。絵本というと、「読む」もしくは「読み聞かせ」しか思いつかないのだが、絵本ワークショップでは、子どもたち自身が表現する立場になる。「例えば、図画工作表現、音楽表現、身体表現、どの場合であっても、絵本を力にして「エドゥカティオ」する。また、絵本ビブリオバトルとして好きな本をみんなに紹介するなど、絵本はコミュニケーションの元になる力をもっている。お母さんたちが集まって企画してもいいし、美術館や出版社が主催してもいい。それは絵本の理解を深めることにもなります」と楽しそうに語った。聞いていても、ワクワクする提案だ。
 現在の教育が本来の意味からあまりにかけ離れていると嘆きたくなることもあるが、本書は、絵本がそれを挽回してくれる希望になることを示している。

▲中川素子(なかがわ・もとこ)氏=1942年東京都生まれ。東京芸術大学大学院修士課程修了。現在、文教大学教育学部教授。主な著書に『絵本はアート』(教育出版センター)、『本の美術誌』(工作舎)、『絵本は小さな美術館』(平凡社)などがある。







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