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評者◆たかとう匡子
生きることの価値を切実に問いかける作品──石巻の友人の言葉を受けて記した評論「今、挽歌とは」(桜井由香『未来』)、逆縁の別れの悲しさを3・11にモンタージュさせる「逆縁」(牧野恭子『槇』)
No.3085 ・ 2012年11月10日




 今月は生と死をテーマにしている作品が多くあった。3・11がきっかけとなり、原発を通して、私たちが生きることの価値についてあらためて切実な問いかけをするようになりつつあるということが、こういった雑誌を見てもうかがえる。
 『未来』第728号(未来短歌会)桜井由香の評論「今,挽歌とは」は東日本大震災の折、石巻で遭遇した短歌の友人が同僚と弟をなくし「沈黙しかない」と言ったことを受けて、旧約聖書の『ヨブ記』を引用しながら、いずれ心の赴くままに歌える時が来るまで、沈黙こそ最も美しい挽歌だから今は沈黙するしかないと書く。詩を書くひとりとして私も納得できるが、「沈黙しかない」という沈黙はないだろう。沈黙は難しい。「しかない」というほど消極的なものではあるまい。「黙っているしかない」とも受け取れる、その一点が気にかかる。
 『玲瓏』第82号(玲瓏館)笠原芳光の「伝統とはなにか――『文学としてのマタイ伝福音書』16」は独特な聖書解釈のようなところがあって私自身とやかくいえる立場ではない。そのうえで紹介しておきたいのは3・11も交えてやはり生きることの切実さに立たされていること。原発を良かれと造ったそのものによって今私たちは脅かされている。立ち止まらざるを得ない。たとえば仏教には他力という考えがあり、人間はとても弱いから仏の力に頼れと説くが、ある意味でイエスの存在もそうだろう。イエスは預言者である。「すべての人はなんらかの欠陥を持っている。完全な身体を持つ人はいない。その不十分な人間が生きられるのは生甲斐があるからである。人間は五歳で亡くなっても、百歳まで生きても、生甲斐を持つなら、人間として生きたといえるのではないか。イエスは三十歳あまりで殺された。しかし、多くの人々に生甲斐をもたらしたのである」。なるほど、私自身は生甲斐とは何かという認識をもたらしたと解釈したい。
 『八月の群れ』第55号(八月の群れ編集委員会)大森康宏の「盂蘭盆会」を面白く読んだ。最初は妻と死別し、一時は同居してくれた娘と孫も出ていくいきさつなど、家庭内小説として書きはじめられるが、実はその主人公が作中で小説を勉強していて、今度はそのごたごたを書いていくという、アンドレ・ジィドの『贋金つくり』を思わせる構造になり、ちょっと驚かされた。同人仲間も出てきて、書く過程であれこれ注文をつけたり、私小説ではあるが、これは作品行為の領域にまで入っていく。ここまで私小説もきたのかと思うが、そこがリアリティを感じさせられるところで、常識的な私小説を意識的にずうずうしくしたそこが面白い。
 『群青』第81号(群青の会)近藤耿子の「レクイエム」は戦時下、軍需工場に動員されていたさ中、米軍の爆撃で火の海のなかをさ迷った話。私にも同じ体験があり身につまされる思いがした。十三歳の原体験として書いているが、八十代になった今なぜ書いたかということは気になった。戦後の時間のなかで戦後意識(価値観もかわってきたなかで)に対する考え方にもいろんな思想が入り込んできており、そこを正確に書けるか、そしてなぜ今かという問いかけを持ってもらえたらと思った。
 『この場所ici』第7号(「この場所ici」の会)作田教子の自然を対象にした詩「交信」は「月が欠け始めて何日かたって、風が強く吹いた/明け方、ちいさきものが産声をあげました。」ではじまる生命の誕生がテーマ。「小さきもの」は暗喩でそれが何かは書いていない。「小さきもの」のなかに移入するか、同伴するかというところで成り立っていて、典型的な抒情詩だが、スムーズに入っている分ふつうの抒情詩とは違う。ある種の新鮮さを感じた。
 『詩と眞實』第760号(詩と眞實社)深町秋乃の詩「モルヒネ」は「あの夏の畔には/初めて潮が満ちた時に 切り離された/少女達の白い足と」とたいへんユニークで、斬新でこの三行に魅かれて読んだ。二連目は散文詩型にして祖母の世代、つまり戦争末期の野球のできなかった時代をモンタージュしているが戦争のことまでは書いていない。祖母の記憶を呼びもどすことで祖母にかさねられた記憶に帰っていける。
 『槇』第35号(槇の会)牧野恭子の「逆縁」は「大地震の国ゆすぶりしひと年を癌とたたかひ娘の夫逝きぬ」と、娘の夫の死に3・11をモンタージュさせて、「長寿とはかかることなり」と逆縁の別れの悲しさを十五首並べる。人間の生死では戦争、地震、津波、原発など国家的、社会的に考えるが暮らしの中で家族が死んでいくのも悲しみ方は同じだ。こういう歌を詠むと、それにもまして逆縁はもっと悲しい。作者とつながる思いがあったので書きつけておきたい。
(詩人)







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