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評者◆殿島三紀 
人生の盛りを過ぎても「思秋期」──監督 パディ・コンシダイン『思秋期』
No.3084 ・ 2012年11月03日




 先月は『くろねこルーシー』『桃さんのしあわせ』『最終目的地』『思秋期』などを観た。
 『くろねこルーシー』。監督・亀井亨、脚本・永森裕二コンビの作品である。不器用にしか生きられないおじさんと動物の組み合わせという形でシリーズ化した感のある映画で今回は第3弾だ。『桃さんのしあわせ』は本作のプロデューサーであるロジャー・リーと、彼の家族に60年にわたって仕えてきたメイドの桃さんとの実体験を基にした香港映画。老人問題をテーマにするアン・ホイ監督の作品。『最終目的地』。巨匠ジェームズ・アイヴォリーが84歳にして南米の濃密な空気感と倦怠を見事に描きだす。ピーター・キャメロンの同名小説を映画化したものだ。
 さて、今回ご紹介する『思秋期』。このロマンティックな言葉を聞いて、例えばロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの『恋に落ちて』(’84)のような映画を連想してしまうとちょっと立ち直れなくなるかもしれない。原題は“ティラノザウルス”だから、切ないだけの中年男女の恋物語であるわけがないのだ。本作の脚本を書き、監督を務めたのは、『ボーン・アルティメイタム』(’07)、『ブリッツ』(’11)などに出演した俳優パディ・コンシダイン。「憧れの監督はケン・ローチ」と語るコンシダインだが、07年『Dog Al together』で映画監督デビューも果たした彼の初長編映画となったのが、その拡大版ともいえる本作『思秋期』である。主人公は飲んだくれで失業中、50過ぎの男やもめ。すぐにキレて、人やものや動物に当たるとんでもない親爺だ。自分を抑制できず、毎日のようにもめごとを起こしている。ある日、彼が血だらけになって駆け込んだチャリティショップ。そこで働いている女性と出会い……という筋立てだが、これが予想外な展開になっていく。
 しかし、まだ40歳にもなっていない監督が、50代半ばを超えたどうしようもない主人公の心情や行動や人生をどうしてここまでリアルに描けるのか。飲んだくれ親爺の凄まじいキレ様に辟易しながら首をかしげていたのだが、納得。なんと、この主人公のモデルは監督の実の父親だったのだ。酒に逃げ、自分をこんな風にしたのは周りが悪いからとばかり、当たり散らし殴りかかる最悪なブルーカラー。ため息をつきたくなる。監督は日々こんな父親に小突かれ罵られながら生きてきたのだろう。
 いや、まったくやばい人物だ。ほとんど病気? と思いたくなるキレ方である。だが、暗い気持になり、衝撃を受けながらも、ラストまで正視していられたのは、予想外の展開と、主人公ジョゼフを演じるピーター・ミュランの眼の奥に宿る哀しげで、優しげな光のせいだったような気がする。彼の演技にはどこか脆さにもつながる優しさがあるのだ。もうひとりの主役ハンナを演じたオリヴィア・コールマンもテレビのコメディシリーズ出身とは思えないキャラクターを見せてくれた。最近では『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(’12)でサッチャーの娘キャロル役を演じた女優だ。高級住宅地に暮らす一見気楽な有閑マダムに見えるハンナ。荒れ狂うジョゼフにも育ちの良さを思わせる気のきいた言葉やマナーで対応する女性である。ところが、彼女もまた表には出せない深い闇を抱えているのだ。
 ひとをうわべだけで判断するのは本当に難しい。人生の盛りを過ぎた男女の出会いには若いときには見つけられなかった安らぎと希望があるのかもしれない。というか、盛りの季節は案外これから先の人生にもあるのだろう。そう思いたいものである。しみじみと味わい深い映画だ。
(フリーライター)

※『思秋期』は、新宿武蔵野館、梅田ガーデンシネマ他全国順次公開中。
http://tyrannosaur‐shisyuuki.com/







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