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評者◆内堀弘
痕跡本──古書の巻末に書き入れられた市井の人の古本日記を夢想する
No.3084 ・ 2012年11月03日




 某月某日。古書の入札会に行くと、「××番の出品番号の本には書き込みがあります」というアナウンスがあった。個人の蔵書がそのまま売り立てになっているようで、四~五千冊はあったろうか。もちろん一括の入札ではなく、細かく仕分けされている。中心は易学の本で、神秘学、神話、伝説、郷土史、心理学、性、風俗と広がっている。旧蔵者の興味の地層をみるようだが、ほとんどを古書で購入している。というのは、その「書き込み」だ。
 この旧蔵者は、すべての本の巻末に、それをいつどこで買ったかを書き入れてる。それも、隅っこに小さくではなく、わりと大きな字で、しかもちょっとした感想も添えている。たとえばこんなふうだ。
 「1986年3月×日 ぐろりあ古書展にて求む。1200円。先日西武百貨店古書市で5000円で見かけた。これは掘り出し物である」とか、「2002年11月×日 がらくた展。500円。せっかく出かけたのに買うものがなく、手ぶらで帰るのも悔しいのでこれを求む」とか、「(桃色なんとかいう本の巻末に)2001年5月×日、××書店。800円。題名が面白そうなので求めたが、読んでみたら全く面白くない。損をした」などと。
 これが四~五千冊の全てに書かれている。中には江戸期の高そうな和本もあり、まさかここにはと巻末を見ると「この本は高かった」とサインペンで惜しげもなく書かれている。とにかく、何かを書かずにはおれないのだ。
 私は、本そのものにはあまり興味を持てなかったが、この書き込みを読み出したら止まらなくなった。もしこれを編年順、日付順に並べてみたら、市井の(しかもちょっと変わった)人のすこぶる面白い古本日記が現れる。読んでみたい。最後はどんな言葉なのだろう。数時間後にこの数千冊が分散していくのかと思うと、まるで奇蹟に立ち会っているような気がした。もちろん錯覚である。目の前に並んでいるのは、古い易学書であり郷土史文献なのだ。
 「痕跡本」という言い方が流行った。古本の書き入れを欠点ではなく、別な物語の破片として愉しもうというのだ。たしかに、誰に向けてなのかはわからないが、本に痕跡を残す人は多い。この易学書の口も尋常でない痕跡本であったのかもしれない。しかし、人の痕跡そのものはこんなにあっけなく消えていくものなのか。
(古書店主)







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