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評者◆白川浩介(オリオン書房サザン店、東京都立川市)
今まさに読むべき短編集──西崎憲著『飛行士と東京の雨の森』(本体1600円・筑摩書房)
No.3083 ・ 2012年10月27日




 つい先日、私は大事な友人を病で失った。その人とは互いに「親友」を名乗るような間柄ではなかったが、少なくとも私はいつも気にかけている存在だった。訃報に接した時に、覚悟はしていたとはいえ、自分が思っていた以上に動揺し悲嘆していることに驚いた。そしてその人の告別式に行って改めて思った。どんなに素晴らしい告別式であり、集まった人々が故人に向ける惜別の念にどんなに真心がこもっていたとしても、やはり告別式というのは、死せるものによって生まれた空白を生けるものが埋めるために執り行う重要な儀式である、という残酷な側面を否定できないことを。だが、小林秀雄の箴言にある通り、社会の中での空白を埋めることは出来てもその人の存在の輪郭は生きている時よりも明確に浮かび上がっている、そんなことを年甲斐もなくハンカチをびしょびしょに濡らしながら、私は告別式で考えていた。
 そんな矢先、この作品を読んだ。西崎憲さんの作品はファンタジーノベル大賞を受賞された『世界の果ての庭』はもちろんのこと、それ以前のさまざまな訳業にも敬意を持って接していたので(ジェラルド・カーシュの『壜の中の手記』はなかでもとりわけ素晴らしい作品です)、当然ルーチンワークのように拝読したのだが、偶然だが、今まさに読むべき作品に巡り合えた幸せを感じた短編集であった。「不在」や「未在」がテーマの素晴らしい作品がまた一つここに誕生した。
 もっともその雰囲気を濃厚に醸しているのは冒頭の「理想的な月の写真」である。音楽ディレクターの主人公のもとに、ある日、奇妙な依頼が舞い込む。娘を自殺で亡くしたばかりの依頼人が、娘の遺したさまざまなよすがを手がかりにして娘をテーマにしたCDの作成を主人公に依頼する。困惑しながらも、依頼内容の魅力と高額の報酬に惹かれて依頼を受諾する主人公。遺品を手がかりに、様々な場所を調査し、娘のかつての姿を追い求めていくが、その作業は実は主人公に自省と、自分自身のかつての姿を探すことを求めるものでもあった。遺品の一つであるシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』のユニークな解釈や、目の不自由な写真家が撮った月の写真などを手掛かりにして、徐々に音楽は象られていく。そして出来あがったものは、これまでに類を見ない「音楽」であった。この物語には読者を気持ちよく困惑させるような「オチ」もあるのだが、この「人間の実在」という問題に少し揺さぶりをかけるような「オチ」によって、作品の深みはいや増すのである。
 他にも、SFチックな舞台設定だがサキの「開いた窓」のような切れ味のよい作品「奴隷」や、久闊を叙す会話がいつの間にか恐ろしい内容に引きずり込まれる「紐」など、他の作品もマンスフィールドやポーなど数多の短編を翻訳され紹介された作者ならではの技巧と、語りすぎない節度と余韻に溢れている。大変偉そうな言い方で恐縮ですが、こういう優れた作品を読むと、なんだかものすごく「小説」に対して安心するのです。







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