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評者◆川久保 剛
ガイド役に徹することで思想のエッセンスを抽出──研究に新たな道を開くのではなく、解説者的動機で書いた
福田恆存――人間は弱い――
川久保剛
No.3083 ・ 2012年10月27日




 今年は福田恆存(一九一二―一九九四)生誕一〇〇周年。このアニバーサリーイヤーに出版された『福田恆存――人間は弱い――』は、新進気鋭の日本思想史研究者・川久保剛氏にとっても記念すべき初の単著である。「執筆には約三年かかりました。最初の二年間はずっと停滞、最後の一年で一気に書き上げました。だから一〇〇周年は意識していませんでした。偶然のタイミングです」と笑う。
 氏は一九七四年生まれ。戦後を代表する論客であり、劇作家・翻訳家など多方面にわたって活躍した福田の思想と生涯を描いた評伝だが、もちろん本人との面識はない。しかし「それが却って良かったかもしれない」と言う。
「人物を直接知っているわけでないので、大げさに言うと、ソクラテスやプラトンなどギリシアの哲学者を論じるのと同じ感覚です(笑)。とにかく文章そのものに向き合うしかない、裏を返せばそれだけでいい。私のような世代の研究者は、文章に集中しやすい環境にあると言えます」
 決して重厚な本ではないが、福田の全体像が確かな手応えとともにずしりと感じられるのは、「思想のエッセンスをひたすらたどることを目的にした」から。
「思想家の研究では事実と解釈が重要で、その両面で新しい知見を提示することが基本的な仕事となりますが、実は本書では、その一歩手前の解説者として臨みました。伊藤仁斎ら江戸の儒学者のように虚心坦懐に原典に向き合う。そして、その難解な文章を平易な日常の言葉、自分の言葉に置き換える。こうした作業を積み重ねていきました。その作業がとても面白くて、楽しんで書けました。つまり福田研究に新たな道を開くという仕事にはあまり気持ちが向かない。それよりも、福田の考えをよく理解したい、そして、それを分かりやすく説明してみたいという解説者的動機が強いですね」
 サブタイトルの「人間は弱い」は、「いちばん好きな文章」と言う「道化の文学――太宰と芥川」から取った言葉だ。
「自分で言うのも何ですが、僕はタイトルを付けるのだけは比較的うまいんです(笑)。すごく多面的な人物なので、全体を捉えるにはどうすればいいか、その思想の根本にあるものは何かを、苦しんでずっと考えていたのです。文章を追いかけて、「これだろうか、いや、やっぱり違う」ということを繰り返す中で、最終的にこれ以外にないと思えた言葉です。本当に、これ以外ないのではないか、と今も思っています」
 「福田=保守反動」という強固な先入観がありはしないだろうか。しかし、例えば性の肯定を軸に生命力の躍動を重視したD・H・ロレンスに関する論考(「チャタレイ裁判」では特別弁護人として出廷している)や、性欲を重視する恋愛論をどう捉えるか。本書は、あまり顧みられることのなかった側面にもしっかり光を当てている。
「どうして、こうした側面が着目されてこなかったのか不思議なくらい、ある意味で典型的な生命主義者だと思います。単なる保守派の評論家という固定観念ゆえでしょうね。福田は保守思想をそれ自体として説いているわけではないんです。「私の保守主義観」と題した原稿用紙数枚程度の文章があるだけ。もっとも、保守思想は、彼の大切なエッセンスですが。福田に対する偏見があるとすれば、戦後の進歩派から批判されたときに貼られたレッテルのゆえですね。しかし僕は、それは不幸とは思っていません。福田自身は、それを楽しんでいたようなところがあると思う。大きな敵、メジャーがいて、マイナーというポジションが合っていたともいえるし、福田には、そうしたスタンスを楽しむだけの余裕、つまり教養があったともいえます」
 初学者にお勧めの一冊を尋ねると、「『人間・この劇的なるもの』です」とすぐに返答があった。「ここに彼の思想のエッセンスが込められていると思いますから、何かを読むとしたら、これです。自分を信じる、人間を信じるということは、どういうことかについて述べている本といえます。福田の最良の入門書は、もちろん、その原著・原文です。けれども彼は考えながら書き、書きながら考えるというタイプの思想家。だからなかなかすんなりとは読めないので、少しでもその思想を平易に理解・説明しようと取り組んでみました。責任をもってガイド役に徹しているので、福田への一案内書として活用してもらえればありがたいです」

▲川久保剛(かわくぼ・つよし)氏=1974年福井県生まれ。97年上智大学哲学科卒業。専攻は日本思想史。現在、麗澤大学外国語学部准教授。同大学道徳科学教育センター研究員。







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