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評者◆高橋宏幸
「以後」の舞台──Nibroll(ニブロール)公演『see/saw』(@ヨコハマ創造都市センター)
No.3081 ・ 2012年10月06日




 3・11以後のアートはいかにして可能か。それは舞台芸術に限らず、あらゆるアートの前に立ちふさがる問いと言っていい。3・11以後から現在まで、そして終わることのないそれ以後の世界に対して、どのような身振りをまとった作品を作ることができるのか。むろん、観る側にとっても、3・11以後に作品をいかに観るべきかということは強く要請されている。
 だが、一口に3・11以後と言っても、その様相は変化の中にある。震災によって露呈した人災としての原発問題など、状況と向き合う舞台は増えているが、逆に3・11という震災そのものを作品で扱うことは、少なくなってきている。むろん、それを舞台で描くことは不可能なことかもしれない。だが、その中であえて作品を作ろうとすることと、通俗的な物語の中に落とし込んで原発問題などを描いてしまうことの間には、大きな差がある。
 その意味で、Nibroll(ニブロール)がヨコハマ創造都市センターで上演した『see/saw』は、震災という問題と正面から取り組んだ果敢な作品だ。前作のシアタートラムで上演された『This is Weather News』も、震災の表象をまとってはいた。だが、今作の方が、3・11から時間的にも距離ができた分、観客にとっても、震災とは何なのかを受けとめる下地とでもいうべきものができていたのではないだろうか。
 それは、一言で言うならば、悲惨な光景に対してカタルシスによる救いを求めるのではなく、むしろ、そこで生起した事態を見つめ続けることだと言っていい。むろん、震災によってできた災害ユートピアという共同体の中で流通するアートは確かにある。詩人の和合亮一の詩が広く受け入れられたのが最たる例だ。だが、その一時の共同体が、現実の社会へと再び参入した以後の世界の中で、そのような抒情詩が通じるのか。
 『see/saw』は、むしろ凄惨な光景を凄惨さとして映す。だからこそ、震災によって表れた一時のユートピア的な共同体が終わった以後の世界においても、観るべき作品となった。朽ち果てたかのようなシーソーを前に、パフォーマーたちの狂ったような叫びや、猛るような動きは、凄惨さとは何かを映しだす。暗闇の中で何かを叩きつける破壊音と崩れ落ちていく身体の圧倒的な量は、そこに観客も呑み込まれていくような幻想にとらわれる。震災と安楽に結びつける思考よりも先に、壊れていくものの無数のうねりに観客の思考も否応なく巻き込まれていくのだ。それは、かつてニブロールを評して言われた「キレル身体」とも一線を画している。
 そして、いつしかその無数なものたちのやり場のない行為は、やがて、彼ら自身が死者としてあるのではないかと思えてくる。むしろ彼らは死者として観客である我々を照らし出しているのではないか、と。そもそも、死者に対して鎮魂を行うのは生者である。それは、あくまで生者のためにある。絶対的に他者であるはずの死者と、我々とはけっしてわかりあえない非対称の関係だ。だからこそ、この作品は死者とも映る彼らの行為によって、その舞台を見ている我々自身が照らし出されるように思えるのだ。
 ただし、このような物語性に安直に結び付けられてしまうほど、舞台は物語に耽溺していない。あくまで、その舞台で生起するパフォーマーたちの行為の量によってそれらが現象として浮かび上がるのだ。
 それはプレ・パフォーマンスのような形で、上演前に一人芝居として上演された『家は南に傾き、太陽に向かって最も北から遠い』にも顕著だ。プロジェクターで照らされた無数の小さな家が建ち並ぶ舞台の前で、一人のパフォーマーが台詞を言うのだが、その言葉のスピードは意味を観客にわからせようとするより、時に言葉よりも行為がスピードを伴って先行し、時に行為が周回遅れとして言葉に追いつくなど、言葉と身体が意味によって接合されない。そこにも、震災そのものを物語ではなく出来事というものの中で見つめようとする。
 作品のタイトルにもあるように、現在形の「見る」と過去形の「見た」の狭間で、震災が問われる。数少ない震災を問題としながら、優れた結果を残した作品と言える。
(舞台批評)







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