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評者◆高頭佐和子(丸善・丸の内本店、東京都千代田区)
秘密を抱えたある一族の四代に亘る記録──大島真寿美著『ゼラニウムの庭』(本体1500円・ポプラ社)
No.3081 ・ 2012年10月06日




 大島真寿美さんは、女性同士の友情や、立場や年齢・性別を超えた温かい人間関係を描いてきた作家だ。2009年に刊行された『戦友の恋』(角川文庫)、昨年ドラマ化された『虹色天気雨』『ビターシュガー』(ともに小学館文庫)で着実に知名度と人気が上昇していたところで、昨年刊行された初の時代小説『ピエタ』(ポプラ社)が、2012年本屋大賞の3位になった。これまでは主に女性読者に愛されてきた作家であったが、ここで一気に男性読者も増えた。そして今月、いよいよ新刊が発売された。こういう時、わくわくしつつもちょっぴり心配になってしまう書店員は私だけではないと思う。時代小説という新しい試みで読者を増やした著者が、どのような作品をしかけてくるのだろうか。新しくファンになった読者(主に男性)は、今度の作品も手に取ってくれるのだろうか。
 『ゼラニウムの庭』は、ある特異な運命を背負って生きる女性の物語である。同時に、秘密を抱えたある一族の四代に亘る記録でもある。語り手はその一族に生まれた小説家の女性だ。幼い頃は遠縁の女性と思ってきた嘉栄という名の女性が、どのような存在であったのかを亡くなった祖母から聞いた彼女は、戸惑いながらも家族の歴史を記録することを決意する。
 この女性の運命とはどのようなものであり、一族にどういう影響を与えてきたのかをここに書いてしまうと、物語を読み進める楽しみを皆さんから奪うことになるので、(言いたい気持ちは山々なのだが)詳しくは触れないでおこうと思う。過去にフィクションで繰り返しテーマになったものと、似ているようでどこかが違い、特異で恐ろしい運命でありながらある意味では人からうらやまれるものである。なんだそれは? と思う方は、ぜひ店頭で手に取っていただきたい。読み始めたら、いっきに引き込まれること間違いなしであるから。
 大正から平成にかけて、孤独な運命を背負って生き抜いた嘉栄の不思議な魅力と語り手の祖母である豊世の愛情深い力強さが鮮やかに描かれている。冒頭ではまるで疫病神のように登場する嘉栄が、実は家族や秘密を知る人たちに大切に育てられ、人生を投げ打つほど愛され、疎まれつつも守られてきた存在であることが、次第に明らかになっていく。同時に、語り手自身も家族の秘密の重さから守られて成長したことがわかっていく。
 今までの大島作品とまったく違うテーマを持った物語であると同時に、生きることの孤独と、人と人との温かな繋がりを描いてきた大島真寿美氏らしい作品でもあると思う。読み終わってみると、不思議に思い出されたのは、幼い頃周囲の大人たちから受けた無条件の愛情である。既にこの世にない人たちの懐かしい温かさに包まれたような気持ちになった。切なくもどこか幸福感の漂うラストシーンは、特別な宿命を持った女性のものでありながら、誰もが共感できるものなのではないだろうか。
 うっかり余計な心配をしてしまったが、大島氏はおそらくこの作品でさらに新しい読者を獲得するだろう。長年売り場で応援をしていた書店員としては、こういう時嬉しいと同時になぜかちょっぴり寂しくなってしまったりする(愚かなことだ……)のだが、大きな拍手をこの小説に送りつつ、一冊でも多く自分の売り場からお客様のもとに旅立たせたいと思っている。







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