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評者◆小嵐九八郎
必死で冷静な眼差しにあふれる評論的エッセイ集──大江健三郎著『定義集』(本体一六〇〇円、朝日新聞出版)
No.3081 ・ 2012年10月06日
腰骨への打撃の治りかけ、静岡県との境にある仕事場からの出発、おまけに梅雨明けの時に父親が脳梗塞で倒れた記憶が重なり、7月16日の代々木公園の原発反対集会に辿り着いたのはもう終わりかけた頃だった。大学の自治会や労組や党派の動員でなく、一人の老市民の参加のつらさやふんわりした嬉しさを恥ずかしくも知った。「年金○○支部」の旗の多さと、簡易トイレの少なさも知った。大江健三郎氏や澤地久枝さんなどの顔や演説を直に刻みつけたかったけど、なにしろすごい人の数で、次回は早寝早起き、自宅から、体調を整えて早めに集会場へということも知った。
家へ帰り、政府が人人に耳を貸さぬ態度に「侮辱」と怒っていた大江健三郎氏の声と姿がテレビに出ていた。本当にドタマにきたという怒り方で、これがとても大切なことだと頭を垂れてしまった。そう、直截なる怒りこそ。 その大江健三郎氏の、タイトルに少し疲れてしまうけれど『定義集』(朝日新聞出版、本体1600円)という評論的エッセイを買い、かなり楽しく読んだ。“楽しく”とは月一度の新聞連載だったので、時代の切り取りが絡むしかなく、それを重いテーマを追い続けてきた作家が、切り取りの根拠をリアリティと原理的な思想や他の作家の考えを踏んで記しているからだ。 当たり前、核問題も広島・長崎以来の歴史を見つめ体験してきた必死で冷静な眼差しに溢れている。自民党どころか民主党の要、国家主義者、右翼の“核抑止力論”に対してはとりわけぎいーっと構えていて、見逃さない。核のゴミの処理の方策も持たず、地震大国で原発を維持する根のところは潜在的核能力にあると俺は考えているので、その説得力に励まされる。 むろん、そのほかに、息子さんの光さんのこと、その小説上での位置、えっ、丸谷才一さんの「私小説家」と大江健三郎氏への規定を呑んでしまうところとかなかなか刺激的でもある。大いなる作家の歴史を刻む文だから、一つ一つに掲載日が欲しかったけれど……。 (作家・歌人) |
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