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評者◆志村有弘
抒情豊かな作品と重厚な歴史小説──散文詩を思わせる「詩歴」(池戸亮太『あるかいど』)、昭和時代走馬灯の感(秋田稔『探偵随想』)、仙台藩の米騒動を綴る「安倍清騒動」(宇津志勇三『仙台文学』)
No.3081 ・ 2012年10月06日




 小説では、池戸亮太の「詩歴」(あるかいど第47号)が、散文詩を思わせる作品。主人公である「彼」の高校一年時から二十三歳の十二月までを記す。幼友達への思い、大学の後輩夏生との恋愛風景などを綴る。夏生は早世するのだが、そうした悔いも記される。作品末尾は新聞社勤めをしている「彼」が、姉の出産祝いのためか郷里に帰るところを記す。ときおり使用される「蛇」の語が作品に不気味でミステリアスな雰囲気を感じさせ、ともあれ、作品に流れる抒情性を高く評価したい。各章冒頭に配置している詩が心に残る。
 一畑耕の「一句の行方」(播火第84号)に着想の鋭さ、面白さを感じた。高校を卒業する直前、文芸部の友人から「俳句欄を賑わしてくれ」と言われ、古本屋で買った昔の婦人雑誌の投稿欄から一句盗んで掲載した。歳月が流れ、「おれ」は三十八歳。ニット衣料の小規模な会社で働いている。たまたま見た新聞で盗作した俳句が夛賀君江なる女性の作として年間最優秀賞を受賞していた。君江は、夫が死んだあとでできた句であるとコメントしていた。未亡人であることで下心を抱いた「おれ」は授賞式に出て君江と会い、俳句が盗作であることを認めさせる。だが、君江はまもなくインフルエンザで急逝する。「おれ」自身も盗作していたわけなのだが、まさに〈一句の行方〉である。想を練り過ぎている向きもあるが、酒だけが好きで、時に好色な姿を示す男の風貌がよく描かれている。
 堀江朋子の「傷跡」(文芸復興第25号)が圧巻。主人公千冬(時に十二歳)が母・弟と共に満州から引き揚げる場面からストーリーを展開させ、母の情熱的だが哀しい生涯、弟の死などを壮大なスケールで描く。表題は千冬の額とふくらはぎに残る傷跡に依る。弟がらみの傷だ。母はむろんのこと、一見破天荒に見える弟も悲しみに耐えながら生きていたようである。悲しみに耐えながら……ということでは、登場人物全員にそれがあてはまる。道真の子孫にまつわる物語というのも読者を魅きつける。
 西村啓子の「たそがれの誇り」(回転木馬第22号)は、白内障手術で入院した「昭子」の眼を通して、入院している人たちや病院勤務者の姿を記す。当然、入院患者は九十六歳の女性など年配者が多いのだが、どのような人であろうと、みんな〈誇り〉を抱いて生きている。そうしたことを再認識させられる。作者の人間観察が鋭い。
 歴史小説では、宇津志勇三の「安倍清騒動―松窓乙二見聞録―」(仙台文学第80号)が力作。仙台藩では凶作で住民が飢え、米価が騰がり、安倍清右衛門(元木綿商人。今は藩の財政を司る収入司)が暴利を貪っているという噂が流れた。払米も充分に入手できず、住民の代表らは安倍清の屋敷に米を要求するため乱入する。岩間麦羅は修験者の棟梁で、岩間家は白石城主に諸国の情報を伝える役目にあった。作品は、麦羅の息子乙二が仙台藩の米騒動を見聞した内容を重厚な文体で綴る。
 地場輝彦の「わび桜」(たまゆら第87号)は、幕末に舞台を置く短編時代小説。娘の狂気に似た言動の理由が使用人への恋が原因だと知った素麺屋のあるじ作造は、使用人を言葉巧みに修業に出した。ところが、娘は男を追いかけて家から出ていってしまう。前半に娘が素麺箱の中に蛇を見る幻覚、作造が若いとき、蝮の危機を直ちに知らせず、恋敵の米吉を死なせてしまった思い出が示される。結末とは別に徹底した怪奇譚に作成してみるのも面白いと思った。
 掌編小説であるが、犬塚克浩の時代小説「秋の夕暮れ」(風第9号)が市井に生きる岡っ引の心の在り様を巧みに描く。女への関心を随所に示しながら、同心の下で働く者として、その心得を守りながら行動する姿も示される。死んだ女の状況描写もあるけれど、作品は爽やかな涼風を感じる。
 随想では、秋田稔の個人誌「探偵随想」第114号に心魅かれる。十二頁の冊子とはいえ、岡本綺堂の「青蛙鬼談」をはじめとして山田風太郎、松本清張、江戸川乱歩について触れ、少年時代に歌っていた軍歌に思いを馳せる。次から次へと有機的に連鎖してゆく内容は、探偵文学万華鏡、昭和時代走馬灯の感がある。一冊にまとまらないものか、としきりに思っている。吉田眞規子の「〓大本〓亀岡本部 天恩郷を訪ねて」(文芸復興第25号)が大本教の出口王仁三郎・すみの人間像を伝えている。私は大本教本部を「明智光秀の城址」ということでしか訪ねたことがなく、その意味で吉田の随想を興味深く読むことができた。
 詩では、坂本久刀の「蕗味噌」(詩遊第35号)が、高校生のときの徒歩旅行の思い出を綴る。「退職後」という記述があるから、それなりに歳月が流れているらしい。優しさと素直な表現に心が癒される。仁科理の「蛇嫌い」(木偶第90号)は生来蛇嫌いであったことと〈ナガイモノ〉にまかれるのが嫌いで損をしてきたこと、母への愛を綴る心に染み透る詩。
 短歌では、「花にあらずということなし」(韻第23号)と題する福岡勢子の「生涯現役目指すといえばきれいごとただただ忘れられたくないだけ」と詠む微苦笑、諧謔の世界。
 「青い花」第109号が木津川昭夫、「あべの文学」第15号が山本憲太郎、「九州文學」第542号が木匠葉、「COALSACK」第73号が大井康暢・木津川昭夫・杉山平一、「潮流詩派」第230号が村田正夫、「LEIDEN―雷電」第2号が吉本隆明の追悼号(含訃報・追悼文)。各雑誌とも故人の文学と人となりを伝える貴重な文献となっている。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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