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評者◆星 真一(紀伊國屋書店梅田本店、大阪府大阪市)
なまなましいまでの言葉への畏怖──西加奈子著『ふくわらい』(本体一五〇〇円・朝日新聞出版)
No.3080 ・ 2012年09月29日




 このあいだ西加奈子さんにお会いした。握手をした。腕をぶんぶん振って、こんなにすごい小説を書いたことを祝福した。はじめてお会いしたのは『さくら』が刊行されたころ。おたがいにいまよりも七年ぶん若かった。なんという切実さでもって小説を書くひとなのだろうと、ひそかに驚いた。いや、書くひとはおしなべてそういうものなのかもしれないけれど、その切実さを取り繕おうとしない姿に胸を衝かれたのだった。いつか誰にも書けない、すごい小説を書くだろうと思った。その「いつか」が思いのほか早くやってきたことを知ったのは、新作『ふくわらい』を読み終えたときだった。
 『ふくわらい』についてひとことで語るのはむずかしい。あるひとは「愛」とはなにかを知ったと言い、あるひとは「天才」について考えたと言う。べつのあるひとは「プロレス」のはなしだと言い、わたくしは「言葉」と「いのち」をめぐる物語だと読んだ。
 主人公は「鳴木戸定」、著名な紀行作家だった父がマルキ・ド・サドをもじって名づけた。女性編集者、二十五歳。五歳で母が亡くなってから父の亡くなる十二歳まで、父とふたりで海外の辺境を旅し、ある部族の葬儀に立ち会ったときは世話になった女性の死体を焼いてその肉を口に含むという経験もした。幼いときから「ふくわらい」がなによりも好きで、ついには他人の顔のパーツをあちらこちらに移動したり掌に握ったりして、「ふくわらい」みたいに遊べるようになってしまった。おとなになった定は他人と馴れあうことができずに、同僚からロボットと呼ばれたりもする。
 そういう数奇な境遇で育った定が、後輩の小暮しずくや鬱病のプロレスラー守口廃尊、盲目のハーフ武智次郎らとのまじわりを通じて友情や愛情にめざめていく、と大雑把に要約すれば、この一篇は成長小説の図式にすっぽりからめとられてしまうのだけれど、『ふくわらい』のすごみはたぶん、もっとべつのところにある。
 それは、なまなましいまでの言葉への畏怖だ。「私は、言葉をつらねて文章が出来る瞬間に立ち会いたい」「私にとって文章が、その誰かなんです」。終盤ちかく、自殺を図った廃尊とのやりとりに鳥肌がたった。
 幼かった定が「ふくわらい」から学んだように、パーツを組み合わせて「顔」ができる。「文字」の組み合わせが「言葉」になり「文章」になる。そして、「いのち」もまた遺伝子というパーツの組み合わせで成り立つのではなかったか。世界を分節化して、のちに再構築すること。ふくわらい、ことば、いのち、というアナロジーから一篇を読みなおすこと。
 祝福のひかりに満たされたラストシーン、ここでわたくしは女王蜂の結婚飛行を連想したのだけれど、このときじっと「見るひと」だった定が「見られるひと」に立ち位置を変えていることに注意されたい。それは彼女が世界のパーツとなった瞬間、世界がまるで「ふくわらい」のように生まれなおした瞬間だ。
 読むひとを選ぶ、というひとがいる。たしかに、ひとによっては眉をしかめるかもしれない描写もある。でも、そういう表層のストーリーを超えて、胸に、腹にずっしんと響く小説だ。ひとりでも多くのひとに読んでもらいたい。







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