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評者◆殿島三紀
失われた時を求めて──監督 アンナ・ジュスティス『あの日 あの時 愛の記憶』
No.3075 ・ 2012年08月18日




 8月、涼しい映画館で映画を観ることはなによりの贅沢。それに節電にもなるし。今月の映画は『プリンセス・カイウラニ』『ぼくたちのムッシュ・ラザール』『桐島、部活やめるってよ』『The Lady 引き裂かれた愛 アウンサンスーチー』『あの日 あの時 愛の記憶』。
 『プリンセス・カイウラニ』はハワイ王朝最後の王女様が主人公。ひょっとしたら皇室との縁談が成立していたかも知れない日本とも縁の深い王女。監督と脚本は本作がデビュー作となるマーク・フォービーだ。『The Lady 引き裂かれた愛 アウンサンスーチー』。凛々しいという言葉はこの人のためのものか。アウンサンスーチー氏の半生を描いたリアルタイムな映画。監督はリュック・ベッソン。感動作だ。『ぼくたちのムッシュ・ラザール』。ほのぼの系の学園ドラマかと思いきや難民問題も扱ったカナダ映画。監督・脚本はフィリップ・ファラルドー。いじめの横行する日本にこんな先生がいたら良いのに、と心底思う。『桐島、部活やめるってよ』。2009年に第22回小説すばる新人賞を受賞した朝井リョウのデビュー作の映画化。吉田大八監督。高校を舞台にしているが、暑苦しい青春ドラマではないところがいい。
 そして、『あの日 あの時 愛の記憶』。原題Die Verlorene Zeitは“失われた時”という意味のドイツ語。ハンナとトマシュ、この男女が本作の主人公。ハンナはユダヤ人、トマシュはポーランド人政治犯である。彼らが出会った場所はアウシュヴィッツ収容所、恋に落ちた場所も同じ。そして、2人はそこからの脱出に成功。ありえない場所で恋に落ち、ありえないことに、死の収容所からの脱出に成功する――。
 なんとこれが実話なのだ。ハンナとトマシュのモデルになったのはシーラとイエジーという実在の人物だが、本作のプロデューサーがドイツのテレビドキュメンタリーでこの2人を知ったことがきっかけで生まれた映画。アウシュヴィッツ収容所からの脱出は600件あり、その内の三分の一は脱出に成功していたというから驚いた。1944年にはこの映画と同じ状況で脱出した男女も4組いたという。映画ではいつもやられっ放しという描かれ方をされるユダヤ人だが(最近では、例外として『ミケランジェロの暗号』もある。これは痛快だった!)、心身ともに痛めつけられ、萎縮しきった状態の中で万難を排して脱出を試みる勇気には胸が熱くなる。
 これが実話だとしても、戦争終結から67年も経った今、ハンナやトマシュはもういないだろう。実際モデルとなったシーナは2005年、イエジーは2011年に亡くなっている。おじいさんおばあさんになった2人のありえない体験を映画化するのも興味深くはある。しかし、この映画で描かれているのは、「失われた時」と向き合うことなのだ。
 失われた時。それはどうも歴史としての「時」ではなく、一組の男女の間に経過した「時」らしい。それも、さまざまな成り行きから生き別れることになった恋人たちの内に抱え込まれた暗い過去のまま、しこりになって留まっている「時」のようだ。映画に描かれた1944年から1976年までの36年。重いけれど、それほど遠くはない「時」だ。私たちにとっては、1976年が既に36年前の過去になってしまったが。
 抱え込まれ、誰にも明かすことのできない「過去」は成長することのない「失われた時」となって死の床にまで持ち込むしかないのだろうか。いや、そうではない、と映画は語る。戦争中の男女の悲劇としてビットリオ・デ・シーカの『ひまわり』とアナロジーできるが、本作のテーマは「時」。人は失われた時を失ったままにしておくことのできない性格をもった生きものであるらしい。ラストシーンがなんとも印象的な映画だ。
(フリーライター)

※『あの日 あの時 愛の記憶』は、銀座テアトルシネマ他で全国順次公開中。







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