私の書評は今回が最後です。締めにふさわしい一冊に出合うことができました。これまでに紹介してきた書目の流れを汲みつつ、極めつけの熱量を放つ火傷本。チン↑ポム『芸術実行犯』です。
　まずは外身について。朝日出版社が開始した新レーベル「アイデアインク」の３弾目です。津田大介氏の著作に大きな反響があったことをご存知の方は多いかとおもわれます。業界の目はその内容にとどまらず、レーベルのブランディングにも注がれていたようです。グルーヴィジョンズによるブックデザインは、贅肉を削いだシンプルすぎるくらいの佇まいなのに優雅で機能的。価格帯を新書と選書の中間ほどに抑え、そのどちらの器にもおさまらない先進的な内容を扱うレーベルであることを即座に了解させます。
　チン↑ポムはお茶の間にもホットな話題を振りまき、良識派には大いに眉をしかめさせ、お騒がせ集団としての認知は相当高いとみてよいでしょう。だけどその本質を知る人はそのうちにどれくらいでしょうか？　本質を知ろうとする人は？
　この本は社会とアクティブに向き合うことの重要さを教えてくれます。自分の姿勢次第で社会は必ず拡張するということを体を張って実証してくれる愛すべき馬鹿野郎たちがここにいます。若者たちにもたらされる勇気は、計りしれません。
　なんて大袈裟な言いかたをされたら本人たちは困惑するかもしれませんね。本書の冒頭にはバンドを組むように結成した顛末が綴られております。ビデオをまわしながらストリートに繰り出す奴等。渋谷センター街では網を持ってネズミを追いかけまわし、ピカチュウの剥製をこしらえる。拡声器を使ってカラスを呼び集め国会議事堂や読売新聞社主宅周辺の空を黒く不吉なものに一変せしめる。行き過ぎたイタズラをする悪童たち。結成当初のチン↑ポムの作品は、ある意味「無邪気」だったかもしれません。
　とは言え、後の社会性の高さをうかがわせる作品もあります。カンボジアの地雷撤去をモチーフにした「サンキューセレブプロジェクト・アイムボカン」などがそうです。一方、現行の作品にもイタズラでしかないようなものもあります。一貫して一貫しないスタイルを貫ける自由な集団でありながら、本物のアート魂を感じさせるのは、奴等には良い作品を作ることに賭ける「覚悟」があるからなのでしょう。アートこそが人間の自由の記録であると信じている奴等は強い！
　本書はお騒がせ集団の内情を知ろうとする読者だけにピントを合わせていないことで、とても貴重なものになっています。同時代を生きる世界の芸術家達が多数紹介されます。それも時代を動かすとびきりの「ひっくりかえる」系のムーヴメントばかり。
　「ひっくりかえる」というのは、チン↑ポムによるキュレーション展のタイトルです。当然自分も駆けつけました。フランスのアーティストＪＲによる志の高さとノーベル平和賞クラスな作品が周囲では大変な評判になっていました。だが、わたしはチン↑ポムの映像作品「気合１００連発」で号泣。ＪＲは言わば行動する優等生。衝動と情熱が先走る野生児たちが起こした奇跡に、わたしは射抜かれました。それぞれどんな作品なのかは、各自で調べてくださいね。
　実は第一作品集が河出書房新社より刊行された際、チン↑ポムに当店でのパフォーマンスをお願いしました。勝手ながら「書店忍者」という作品として自分は記憶しています。謎の販売促進活動を行なう忍者コスプレの男が大暴れ。今だから書けますが、ちょっとした始末書沙汰でした……。
　曰く。アートは古い自由を守るよりも、新しい自由をつくるもの。そう高らかに宣言するチン↑ポムと同時代の日本に生きていることを誇らしくおもいます。