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評者◆高橋宏幸
志向するミュージカル――ミュージカルという大衆的な形式を保持しながら、現在における実験演劇とはなにか、という二つを同時に考えさせる舞台『ライフ・アンド・タイムズ――エピソード1』(「ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ」公演@静岡芸術劇場)
No.3074 ・ 2012年08月11日




 単純に観客数だけを見れば、いま日本の舞台芸術では、圧倒的にミュージカルが優勢を誇っている。特に若年層においては、演劇とはミュージカルのことだと思う人もいるぐらいだ。むろん、それはミュージカルの大手、劇団四季や東宝ミュージカルの影響が大きい。だが、そもそもミュージカルを日本の演劇に根付かせようとした文脈の一つには、明らかに前衛と大衆という階層の問題があった。
 たとえば、花田清輝もミュージカルに可能性を見たし、ミュージカルとまではいえなくとも、劇中に音楽や歌を入れた音楽劇の系譜は、六〇年安保を総括する舞台である福田善之の『真田風雲録』、その後のアンダーグラウンド演劇も同様であり、特にブレヒトの影響を受けた黒テントや、井上ひさしなどの名も挙げることができる。
 そこには、大衆と前衛が層として分離されているからこそ、運動や政治のために両者を媒介して、大衆へと受け入れられる形式と前衛的な表現の両立が求められたのだ。だが、階層という問題自体が、総中流化という幻想によって消えた後で、ミュージカルをそのような視点で作ることは、少なくとも日本では現象としては現れていない。
 しかし、毎年海外から多数の作品を招聘する静岡芸術劇場の「春の芸術祭」で、今年はそのような問題を軽やかに飛び越える作品が現れた。いわば、ミュージカルという大衆的な形式を保持しながら、現在における実験演劇とはなにか、という二つを同時に考えさせる舞台だ。それが、「ネイチャー・シアター・オブ・オクラホマ」という劇団が上演した『ライフ・アンド・タイムズ――エピソード1』だ。この劇団名は、カフカの『失踪者』の断片である「オクラホマの野外劇場」からとられている。だから、彼らはなにもオクラホマの劇団というわけでなく、ニューヨークを拠点として、ヨーロッパをはじめ、数多くの場所で上演している。
 この上演された作品の形式は、確かにミュージカルではある。しかし、いわゆる我々がイメージするミュージカルとは一線を画している。たとえばストーリーは、劇団のメンバーである三〇歳そこそこの女性に電話をして、彼女が話した生い立ちからのエピソードを実際に作品にしたものだ。「エピソード1」だけで四時間近くあり、それが最終的には「エピソード4」まで続く。今回は「エピソード1」の上演だが、その内容は、それこそ電話口でのおしゃべりのように、特に際立ったドラマがあるわけでもない。電話での無駄話のままに、誰しもが経験したような、ときにおかしさがこみ上げてくるものである。むしろ、すんなりと物語が進まずに、それこそ日常的な電話の話のように、本題へとなかなかつながらず、個々のエピソードが集積されていく。
 そのヒロインも一人の俳優が演じるのではなく、何人もの俳優たちがミュージカル仕立てで歌って演じる。ただ、ダンスひとつとっても、従来のミュージカルのように感情の表出をダンスに合わせるというより、むしろエクササイズのようなパターンの身振りがいくつも組み合わされている。しかも、その動きはプロンプターが、俳優たちが歌い踊っている最中に指示を出し、即座に対応させるのだ。俳優たちの慣れを拒絶する要素として偶然性が介入すると同時に、観客にも安易に劇場空間に耽溺させることを避ける。
 だが、それでもやはりミュージカルの形式を保持していることでは、大衆的ともいえる通俗性は確保される。しかし、今述べたような特異な方法で作品を作っているといっても、六〇年代以後に現れた大げさな実験演劇の空間があるとも言い難い。ただ、いわゆるミュージカルという形式でイメージするスペクタクル空間が現れないのだ。そう考えると、むしろ現在の実験とはなにかを問うような特異な形式があるのではないか。
 この作品のエピソードや、エクササイズのようなどこかで見たことのある身振りは、日常的な光景の集積だ。ただ、ミュージカルであることは日常空間をそのまま映し出すようなリアルな表象ではない。日常というものの貴重さを改めて感じさせる日常性へと回帰する表現でもなく、かといって過剰な日常性を導きだすものでもない。ただ、剥き出しの日常の「生」とでも呼べるものが曝け出されていく。
 この通俗的な内容を、さまざまな問題設定をもたせた形式へと入れ込むこと。フォーマリズムという問題だけでも、それはやはり実験演劇の系譜に連なる。むろん、ミュージカルの側にとっても新たな動向が現れているとはいえるだろう。その意味で、この作品はそれぞれの境界を侵食した、グローバルな舞台芸術の前線にある。







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