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評者◆宇田川拓也(ときわ書房本店、千葉県船橋市)
覚悟をもってオススメする、無期懲役囚が描く獄中スポーツ青春小説――美達大和著『塀の中の運動会』(本体1600円・バジリコ)
No.3074 ・ 2012年08月11日




 ある男性客から「なんでこんなもン置くんだ、この店は?」と、いわれたことがある。その小説は確かに、一読して生きる希望や勇気を与えてくれるような内容ではない。人間の負の部分を凝視した、うかつに触れるべきではないダークな作品だった。しかし、私には「売り場とは、清濁併せ持つ世界の縮図であるべきだ」という持論がある。そして、ダークな世界観に触れることで保たれる心のバランスや得られる気づきがあることを、身をもって経験している。だから、仕入れて、置く。あなたにとっては、たとえ〝こんなもン〟だとしても……。
 という出来事をふいに思い出したのは、もしあの男性客がまた売り場に来て、今回ご紹介する小説を見たら、やっぱり疑問をぶつけてくるのかなあと思ったから。本作の著者、美達大和は二件の殺人を犯して服役中の無期懲役囚。「なんで殺人犯の書いた小説なんか置くんだ、この店は?」などと、いかにもいってきそうではないか。
 美達大和というと『人を殺すとはどういうことか――長期LB級刑務所・殺人犯の告白』(二〇〇九年一月新潮社↓二〇一一年十月新潮文庫)を思い浮かべる方も多いと思うが、二〇一一年三月に実父をモデルにした長編『夢の国』(朝日新聞社)で小説家としてもデビューしており、本作が二作目の小説となる(原型となる作品は、すでに『人を殺すとは~』以前に書かれていたそうだが)。
 覚醒剤使用により懲役一年の実刑判決を下された光岡省吾は、通常ならば初犯――A級の刑務所に服役となるのだが、まさかの定員オーバーにより、懲役十年以上の重犯罪者――LB級施設「希望が丘刑務所」への入所が決まってしまう。しかも光岡が作業をすることになる第四工場は、所内運動会で三十四年連続最下位という高齢者と障害者ばかりの工場だった……。こうして始まる前半は、おもに重犯罪者用の刑務所が、一般人のイメージするものといかに違うか――つまり、新法により受刑者の権利が改善された結果、どのように規律がゆるんでしまったかの実状を描き出していく。笑い声さえ聞こえる〝悪党ランド〟と化してしまった反省の色のない雰囲気。犯した罪を自慢げに話すチンピラ。自分よりも弱い人間を即座に見抜き、ネチネチと続く陰湿で幼稚なイジメ。こうしたエピソードの数々から、犯罪者を懲役によって更生させることの難しさを痛感するに違いない。
 だが、第六章以降、ひとりの男が第四工場に移ってくることで、物語は強い輝きを帯び始める。徒競走で二十四年負けなし、〝ミスター運動会〟の異名を持つ無期懲役囚――桐生亜希良。人間が反省と志がなければ腐ることを理解し、どれだけ反省しようと赦される存在ではないと自らを律する数少ない囚人だ。ここから物語は、運動会五位以内を目指すスポーツ青春小説の趣をまとい、グングンと加速していく。練習を重ね、身体を絞り、ついに迎える運動会までページをめくる手が止まらないだろう。
 彼らは、赦されざる罪を犯した者たちだ。しかしそんな人間でも、なにかを成すこと、成そうとすることで自分を磨くことはできる。それゆえに、研鑽を積み、自らを磨くことで得られる喜びがあることに塀の外で気づけなかった哀しさが、これまでのスポーツ青春小説にはない本作独自の奥深い色を醸し出している。これはまさに、美達大和にしか書けない小説といえる。
 いろいろな考えや価値観があっていい。冒頭の男性客のように意見をぶつけてくるひとも売り場に現れるかもしれない。それでも、本作をオススメせずにはいられない街の本屋の店員の覚悟を読み取ってご一読いただけたなら、今回で当欄最後となる私の駄文も報われるというものである。ぜひ!







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