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評者◆たかとう匡子
教えられることが多くある問題提起作品――中野家の人間関係を解き明かす「竹行李の中」(定道明、『青磁』)、大阪の詩風土と関連させて説き起こす「金時鐘 今思うこと二、三(3)」(倉橋健一、『イリプスⅡnd』):7月
No.3074 ・ 2012年08月11日




 『青磁』第29号(青磁の会)の定道明「竹行李の中――重治文庫資料のうち」は文庫資料とあるように、その中から中野家の父や、眷族のさまざまな人間関係を、蔵書や手紙などを中心に解き明かしていくというノンフィクションで、興味ぶかく読んだ。定道明は福井県在住の中野重治研究家。すでにその労作もある。郷里の丸岡町の図書館には中野関係の蔵書が一万三千冊ほどあるが、寄贈はもちろん保管にもかかわっている人。ここでは蔵書が中心だから作品全体に派手さはないが、それだけに中農の家に生まれ、一方では共産主義者で、著名な文学者でもあった中野重治の、入り組んだ家族関係からの、地方での当時の知的生活構造というようなものが順次に語り出されており、また竹行李がうまく小道具として筋仕立てを助けており、私はこういうのはあまり読んだことがないだけに、読後感がさわやかだった。
 『綱手』第6号(綱手短歌会)が「戦後短歌を考える」を組んで、こちらは「短歌研究」昭和21年9月号の中野重治「短歌について」をそのまま載せている。一問一答で、中野が答える形をとっているが、戦後67年目ともなれば、私たちはもう一度戦後責任を視野に入れて戦後の時代を考える時期に来ており、そういった点からもこの試みは面白い。中野重治の答え方がつっけんどんで横柄ともとれるが、逆に終戦直後の難しさが伝わってきて、昭和21年という時代の雰囲気についても思いを馳せる。中野の語り口のまとめ方のなかに当時の時代の生々しいリアリティを感じた。「戦後短歌を考える」という雑誌の組み方には戦後とは何であったかという問いがあり、その点でもタイムリーだといえよう。
 『イリプスⅡnd』第9号(イリプス舎)倉橋健一「金時鐘 今思うこと二、三(3)――戦後大阪の詩風土と関連させて」は、金時鐘がなぜ半世紀以上に亘った長い沈黙を破って語りはじめたか、大阪の詩風土と関連させながら綿密に説き起こした労作。ここには、済州島の四・三事件について、日本人が知らん顔をしてきた問題がある。「敗戦日本は、ポツダム宣言受諾による無条件降伏によって、植民地朝鮮の支配を手離すこと(朝鮮の独立問題をいっさい連合国側にゆだねること)で、まんまと昨日までは皇国国民であったはずの三十万済州島民の命運をすべて他人ごとにしてしまったのだ」。ここには今、ヨーロッパではフランスやイギリスなど宗主国であった国が、かつて支配した国の新しい国づくりを応援しているのに、そうしなかったつけが今の私たちにはあることを気づかせてくれる。と同時に、金時鐘の日本語は重要性を持っており、ここを見逃すわけにはいかないと、金時鐘の詩を通しての問題提起にもなっていて、私には教えられることが多くあった。
 『季刊作家』第77号(季刊作家)芳賀稔幸「ドキュメント 現地からの報告 福島第一原発事故」はタイトルにあるように現地報告だが、ここからは文字表現のもたらす問題について考えさせられた。今日のドキュメントの特徴といえば、何といっても映像が強烈なのにはちがいない。けれども事件(=事実)の前か後で物を考える、このことこそが大事だ。つまり、カメラが帰ったあとが重要。文字表現と署名性にこだわるのはイコール責任を持つことでもあろう。現地からこつこつと散文体で書いていく、この価値観を大事にしてほしい。
 『法螺』第66号(枚方文学の会)曽根登美子「鉄橋」は小学生の主人公の目でとらえた昭和二十八年ごろを舞台にした小説。母親が亡くなったあと父親は再婚。新しい母は生活するのが精いっぱいでいろいろと苦労する。その父と母のあいだに立って気遣いをする女の子の心理描写が上手い。考えてみれば今から六十年前の話だが、そのころは誰もが貧しく、ただひたむきに一生懸命生きていた時代である。そこを丹念に書いて、地味ではあるが心をうつ佳作に仕上がっている。
 『かいだん』第59号の田村加寿子「ブーゲンビレアの樹の下から」は主人公とは種違いの妹との長年に亘る確執がテーマ。新しいというよりよくある身内のなかの、近代小説の典型的ともいえる話だが、これも心理描写が緻密で細部がよく書き込まれているという意味で捨て難い。細部をどう描くかという当たり前の小説の条件を満たしている点でよかった。
 『復刊日曜作家』第11号は終刊号。一九五八年に創刊した「日曜作家」のあと一九九七年に「復刊日曜作家」として引き継がれ、「編集後記に代えて」を読んでいると、福岡のような中心的な地方にあって五十年余の長きに亘る代表的な雑誌だった。佐木隆三もかかわりあっていたという。素直に敬意を表したい。深田俊祐「旅支度」は自分の血縁・骨肉の生活を中心に過ぎ越しの日々を、私小説風、ノンフィクション風に丹念に書いている。その昭和から平成への流れに雑誌の五十年余の歳月を重ねて感慨深いものがあった。
 『午前』(午前社)は創刊号。「午前」という名称は立原道造が最晩年に意図しながらかなわなかった雑誌の名からもらったという。生前の杉山平一さんの「『午前』創刊によせて」という短い文章も載っている。「四季」派的なものの継承という意図もあるようだが、それがこれから先どういうふうになるか期待したい。
(詩人)







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