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評者◆飯田一史
嘘八百と建前の評論ではなく、商品としてライトノベルを分析――セオリーどおりに作ると物足りないからこそ創作は面白い
ベストセラー・ライトノベルのしくみ――キャラクター小説の競争戦略
飯田一史
No.3073 ・ 2012年08月04日




 『はがない』をご存じだろうか? 『僕は友達が少ない』の“ひらがな”部分を取り出した略称である。『とある魔術の禁書目録』は、関連書籍も含めると累計二千万部を超えているシリーズだ。これらが「ライトノベル」。すなわち「イラストを表紙にし、口絵や挿絵がついた若者向けの小説」のことである。本紙の読者にはなじみがないかもしれない。しかし、年間約一三〇〇億円規模の文庫本市場で、今やライトノベルは三〇〇億円以上を占める。売上が立った文庫本の四、五冊に一冊はライトノベルである以上、このムーヴメントを看過するわけにはいかない。気鋭の文芸評論家・飯田一史の手による本書は、このジャンルのベストセラー作品がいかにして読者のニーズを満たしているのかという作品分析と、ライトノベルがいかにして市場を拡大しえたのかという環境分析を行った類例のない書である。
 「取り組んだきっかけは単純で、私が元々ライトノベルの編集者だったからです。編集者には当然、売れる本づくりが求められます。作家にもですね。しかし奇妙なことに、業界の『内側』にいれば常識的になされる『売れるものをつくる』という考え方が、創作指南本にしろいわゆる文芸評論にしろ、業界の『外側』では一切なされていない。日本では創作作法を教えるときに、売れる作品づくりを目ざしません。また、MBAではマーケティングのクラスの最初にされる程度の経済構造の分析をした文献もありません。多少なりとも“文化的なにおいのするもの”は日本ではすべて“文化”として扱われ、“産業”として、“商品〓として真摯に向き合った本がなかったわけです。結果、嘘八百や建前ばかりがまかりとおっている。これは不幸なことだなと思い、筆を執りました」
 ライトノベルの主要読者は十代のオタク。十代向けに作られる小説は少ないが、各種読書調査に明らかなように、実は彼らは中高年よりずっと本を読む。だから彼らにターゲットを絞ったライトノベルは、売れるのだ(そこが想定読者を絞らずつくられる大半の「一般文芸」とは対照的)。ところでオタクと言っても、宮崎勤や宅八郎に象徴されるような“オタク”像と、ライトノベルを読む今のオタクとは、随分異なっている。若いオタクがライトノベルに求めるものを「楽しい」「ネタになる」「刺さる」などとしていることからも、その変容が読み取れそうだ。
 「この本で創作に関わる人以外から反応がよかったのは、ライトノベルの顧客を分析した“オタク第四世代論”の部分です。中高生のオタクは、昔のオタクとは全然違います。例えば中学生の女の子が、しれっと「私、オタクなんで」とか「腐女子なんで」と言います。昔ほど隠すべきものだという意識が薄いように見える。それを言っても大丈夫という空気ができているわけです。もはや親や先生が大人になってもマンガを読み、ゲームをやっている世代ですからね。オタクであることによって抑圧や差別を受けることが少ないんです。昔からオタクは特定の友達に対してはコミュニカティヴでしたが、非オタクとははっきり分かれていた。しかし、今は、その境目が緩くなっている感じがします。体育会系なんだけどオタク、なんてのもザラにいますから。ベストセラー・ライトノベルの主人公の性格が概ねポジティブであるように、実際のオタクもポジティブになっているような印象を受けますね。ネクラで小難しいものを好む、というのが昔のオタク像でしょうが、今は重くてカタイ作品は売れにくい。楽しいもの、泣けるもの、みんなで話題を共有できるものが好きなんですよね。知らない人には、意外なようですが」
 氏自身が元ライトノベルの編集者であった実体験から、分析の鋭さが増している点も見逃せない。
 「売れなかった担当作品もたくさんあります。今回取り上げた作品はベストセラーばかりですが、対比させて“こういうものはうまくいかない”と書いている事例は、自分の失敗体験を基に書いたところもかなりあります」
 同じ失敗の轍を踏まなければ“売れる作品”が作れそうだが、「客観的な分析を基にしてまったくセオリーどおりに作ると、何か物足りない作品になります」と笑う。
 「魚がいないところに網を投げても、何も引っ掛からない。つまり、この本でどのあたりに魚がいるかは分かる。読者が食いつくポイントはつかめる。作家はまず“書きたい!”という気持ちが第一にあって、そこに網を投げても魚がいるかどうかなど考えない人が多い。そもそも売れているライトノベルを読んでいないこともよくありました。この本はそういう人が使う“レーダー”というか“補助輪”として役立つと思います。ただし、ないよりは絶対にマシですが、頼っているうちは誰でもできるところまでしかいけないというジレンマもある。まあ、そういうものだからこそ、創作って面白いんですけどね」

▲飯田一史(いいだ・いちし)氏=1982年生まれ。文芸評論家。グロービス経営大学院経営学修士課程在籍。







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