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評者◆田口幹人(さわや書店フェザン店、岩手県盛岡市)
「限界集落」の現状をリアルに描く――黒野伸一著『限界集落株式会社』(本体1600円・小学館)
No.3072 ・ 2012年07月28日




 二人に一人が65歳以上の高齢者で、地域の様々なコミュニティー機能が著しく低下している過疎を通り越し、集落としての機能が限界に達しているとされる集落は、「限界集落」と呼ばれている。日本全国に約八千もの限界集落があるという。若者の都市部への流出により、学校が統廃合し、地域医療が崩壊し、防災にも普段の交通にも深刻な影を落とす。職も無く、基幹産業の農林業の担い手もなく、荒れた里が虚しく広がっている。そこには、「限界」という言葉以上の「痛み」がある。そこに住むことを選んだ住人たちは、我々には想像することが出来ないほどの「痛み」を通り越した「覚悟」がある。少なくとも、過疎地と呼ばれる地に生まれ育った私には、そう感じられていた。
 本書は、そんな「限界集落」と呼ばれる村を舞台とした、地域活性化エンターテイメント小説です。主人公・多岐川優は、起業のためにIT関連会社を辞め、次の仕事に就く前に、人生の休息のために小学生以来となる、父の故郷を訪れる。その地は、限界集落と呼ばれる村だった。そこで、集落としての共同生活の維持すら困難な地域に住む者の現状を目の当たりにする。実は、本書の最大の読みどころは、物語が大きく動く後半部ではなく、この前半部の登場人物の圧倒的なリアルさにある。村の住人から発せられる言葉には、何気ない一言にまで、過疎地に住む者が持つ頑固さや後ろ向きで少し斜に構えた物の考え方が根底に流れている。閉塞した地に住み、常に取り残された疎外感と消滅してしまうかもしれないという恐怖感を持ち続けている住民たちが持つ独特な思いが、一言一言に宿っていた。このかなりのページを使って描かれる田舎の情景があったからこそ、この物語がリアルさを持ち得たのだと思う。
 優は、そんな住人たちとの交流に辟易しながらも近所に住む一人の小学生とのふとした会話から、零細農家の父と娘、そして田舎に逃げ帰ってきたフリーターやホステスなど訳ありの仲間達とともに地域の再建に取り組むことになる。地域住人たちとの様々な軋轢を乗り越え、優と零細農家の娘・美穂が中心となり、集落営農組織を立ち上げ、農村再生への道を歩み出す。美穂が農業の現場を代表する立場、優が経営者としての立場で二人代表制をしき、農業組織を運営し始める。生産と収益、理想と現実。現場主義と新自由主義の二人のやりとりに、今の農業が置かれている苦悩の一部を読むことができる。限界集落に限らず地方の過疎地と呼ばれる地は、都市部との比較対象として語られてきた。かつて高度経済成長期、都市部が過疎地にもたらした貨幣という価値が過疎地の暮らし方や考え方を変えた。効率を求めた企業を低賃金労働という効果で支えたのも多くの地方だった。経済成長が終わりを告げ、企業は更なる効率を求めて、海外へ進出していった。取り残された倦怠感と諦めをその地に残して。優が、地域の住人に集落営農組織の必要性を説く場面がある。その時の住人の声の背景にあるのは、まさしくその倦怠感と諦め、そして恐怖感なのである。後半部は、地域住人を巻き込み事業を拡大させてゆく過程が描かれてゆくのだが、抵抗勢力としての役所や地方議員の描き方ににやりとさせられてしまう。そして最大の試練が優と美穂に訪れる。そのラストに目頭が熱くなった。
 地方に住む私たちにも、夢や希望がなければ生きていけない。本書は、まさに夢物語かもしれない。しかし私にとっては、希望の光射す一冊でした。この作品を通じて、「限界集落という名で呼ばれる村」の現状を感じて頂き、脱却に向け汗を流している多くの住人にエールを送って頂けたら幸いです。







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