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評者◆宇田川拓也(ときわ書房本店、千葉県船橋市)
度肝を抜く衝撃の後に胸を射る無償の愛――井上夢人著『ラバー・ソウル』(本体1900円・講談社)
No.3070 ・ 2012年07月14日




 こんな内容の歌詞で幕を閉じるアルバムがある。

 一生懸命逃げるがいい
 ほかの男といるのを見つけたら
 おまえを生かしちゃおかないからな リトルガール

 なんとも物騒である。きっと「こんな詞を最後に持ってくるなんて、いったいだれのアルバムだよ?」と顔をしかめる向きもいるかもしれないが、ビートルズ六枚目のアルバム『ラバー・ソウル』の十四曲目「Run For Your Life(浮気娘)」だといったら、大いに驚かれることだろう。もしお手元にアルバムがあるなら、一曲目「Drive My Car(ドライヴ・マイ・カー)」から順に歌詞を追ってみていただきたい。そして、冒頭に掲げた最後のフレーズまでたどり着いてみると……。いかがだろう、これはまるで愛する女性への想いの強さから心を病んでいくストーカー男の物語ではないか?
 島田荘司と並ぶ、わが国ミステリ界きってのビートルズ通――井上夢人の最新長編が、ビートルズのアルバムと同タイトルなのは単なる偶然ではない。章立てはアルバムの曲順に沿い、さらに物語の中間と最後に配されたボーナストラック二曲には「Day Tripper(デイ・トリッパー)」と「We Can Work It Out(恋を抱きしめよう)」という、『ラバー・ソウル』と同日である一九六五年十二月三日発売のシングルが配され、その徹底した作りには感嘆を覚えずにはいられない。そう、つまり本作は、あのビートルズが生んだ世界的名盤を小説として仕立て直そうという、あまりにも野心的な超絶技巧作品なのである。
 こうして紡がれた物語は、深海魚を連想させる醜い容姿ゆえに女性と縁のない暮らしを続けてきた男――鈴木誠が、ある事故によって美しきモデル――美縞絵里を車で送り届けたことから動き始める。これまでだれひとり乗ろうとする者などいなかった助手席に、初めて女性を(しかも美人を!)乗せて走る、夢のようなドライヴ。たちまち心を奪われた鈴木誠は、次第に絵里への想いを募らせ、ストーカー行為にのめり込んでいく。そして常軌を逸した行為はついに、絵里に近づく者を手に掛けるまでにエスカレートして……。
 おそらく多くの方が、この五百ページを超える大作を読み進めながら、微かな違和感を覚えるに違いない。針を落としたレコードから曲に紛れて耳に届く微かな雑音のような、本当に微かな違和感を――。だが、その微かな違和感は、禍々しいサイコ・サスペンスの殻を通して本作の実態が伝えてくる胎動だ。なぜなら――。
 本作は度肝を抜く強い衝撃をもたらすミステリである。
 また、ビートルズを用いた精巧なるノベライズである。
 同時に崇高なまでに純粋な愛を表した恋愛小説である。
 そして、そのすべてが抜きん出た類のない傑作であるからだ。
 ラスト五十ページ、あなたは本作の恐るべき完成度の高さに慄えると断言する。
 本作の店頭用拡材には、井上夢人の手書き文字で、「これは、妖精の森に棲む、獣の物語です。」と書かれている。六月六日に発売された、ビートルズ六枚目のアルバムの名を冠する――獣の数字666を秘めた物語。そこに描かれる妖精とは果たして? また、そこに棲む獣とはいったい? すべてを目の当たりにし、この胸を射るのは、あまりにも切なく、そして清らかな無償の愛――。







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