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評者◆志村有弘
慟哭・悲憤の言葉が重く訴え、迫ってくる――政治に対する批判も見える力作「闇の迷走」(柳原忠行、『佐賀文学』)、高齢者の不安定な現在・未来を暗示する「老いこらす」(波佐間義之、『九州文學』):5月
No.3069 ・ 2012年07月07日




 柳原忠行の「闇の迷走」(佐賀文学第29号)が、時に現代を挿入しながら特攻隊員福富太郎の過酷な訓練の日々と敗戦直後の姿を描く。福富は「お国のため、天皇陛下のために志願」したのだが、「憧れの海軍」の実態に「絶望」し、専属下士官に殴られ続け、殺意さえ抱く。特攻隊員として厳しい訓練を受け続け、突撃直前に敗戦となる。島尾敏雄の「出発は遂に訪れず」を想起するが、福富と友人が洞窟基地に残った物資を売り捌く痛快な場面もある。広島出身の教師岡田の静かで理性的な姿勢も好ましい。佐賀に住んだ元特攻隊員をモデルにしたというが、戦時の状況を3・11の震災に重ね合わせ、政治に対する批判も見える。力作である。
 大西亮の中編小説「片恋(加多孤悲)」(北斗第587号)は、主人公の高校時代から思慕し続けた女性に対する恋情を綴る。『万葉集』に見える「加多孤悲」(片思いの意)の語より題名を取り、一人の男の切ない恋心を見事に描き上げている。およそ五十年間、一人の女性を思い続け、遂に再会する。深い感動を覚える作品である。ストーリーの展開が巧みで、文章もまた見事だ。
 認知症を題材とする作品が目についた。穂積耕の小説「女房の掌」(法螺第66号)は、魚釣りの場に多くのスペースを割き、主人公志郎が車中で知り合った女との交渉を挿入したりしているが、三十年間連れ添った妻の認知症が重要なテーマとなっている。妻は歩行と言語の能力をほぼ失っている。妻が自分より先に死んだら葬式をどうするか、自分の場合は散骨にするか、と思案する場もあり、人間である以上避けて通れぬ重い内容だ。波佐間義之の掌編小説「老いこらす」(九州文學第540号)は妻(七十歳)が認知症になり、その妻を迎えに行った賢三(七十七歳)も自分の家の方角が分からなくなるというストーリー。老夫婦の前途を閉ざすかのような「空は一面黄砂に覆われている」という末尾の文章と相俟って益々増加する高齢者の不安定な現在・未来を暗示して不気味である。認知症をテーマとした作品ではないが、佐藤睦子の「鼓動」(小説家第136号)が緩急自在の文体で、主人公が結婚当時のことや絵を描いていた夫の突然の死に思いを馳せ、将来の不安を抱きながら、捨て猫を飼おうとすることなどを綴る。一人で生きる七十歳前の女性の孤独感がよく表現されており、冒頭の文章も読者を引きつける。吉田洋三の「雪国異聞」(播火第83号)は、継子に辛くあたる継母が改心するまでの経緯を鬼子母神伝説や冥界譚を挿入しながら描く。地蔵、八百屋の小母さん、動物たちの優しい言動が示され、躾をしない親、事故なく平穏に生徒を卒業させることが肝要と考える学校に対する諷刺もユーモアを交えて記される。目次に「大人の童話」と銘打っているように、教訓物語として読むこともできる。舞台は雪国らしいが、関西弁が優しい雰囲気を作り上げている。
 前之園明良の「ある無名作家の孤独」(酩酊船第27集)は、大学のサークルで知り合ったフクチの孤愁漂う姿を視座として作家小山清と小山主宰の同人誌「木靴」の一端を伝えていて貴重。
 エッセイでは、「Myaku」第12号が吉本隆明の追悼特集を組み、二十一名の執筆者がそれぞれの立場で、吉本の思想(評論)・人となりを偲ぶ。鈴木智之は吉本の「孤立」の道を、比嘉加津夫も吉本の「自立思想」への到達を解き明かす。戦後日本を代表する思想家吉本隆明の道程・思想・人物を知る上で貴重。エッセイではないが、「COALSACK」第72号で、早乙女勝元が鈴木比佐雄のインタビューを受けて、三月十日の「東京大空襲」を「絶対に忘れちゃいけない」、「無念の死を遂げた人々」を「抹殺」・「除外」してはならないと述べている。肝に銘ずべき言葉である。
 詩誌「クレマチス詩集」第3集が「未来への水路を求めて」という副題を付け、福島在住の詩人十人が震災の悲劇とそれに伴う原発の恐怖・苦悶を綴っている。「明日さえ定まらない福島」(松棠らら)・「虚無の中を駆け巡る自分」(鈴木淑子)・「僕は一滴の涙すら自由にすることができません」(高橋重義)等々、詩人たちの慟哭・悲憤の言葉が重く訴え、迫ってくる。
 「潮流詩派」第229号が昨年他界した村田正夫の詩集『イラク早朝』から、麻生直子編で村田の詩二十四篇を登載。その痛烈な社会批判・人間諷刺は詩人村田正夫の真骨頂を示す。
 短歌では、田牧久穂の「綱手」第287号掲載「海行かば水漬く屍山行かば津波の瓦礫資本かえり見はせじ」・「秋風よ心あらば伝えてよ男ありて三陸の秋刀魚買いて戻ると」という被災の悲憤慷慨、政策批判を詠む本歌取の歌が印象的。
 詩誌「璞」(あらたま)が創刊された。同人諸氏の健筆を期待したい。
 「海」第85号が一見幸次、「九州文學」第540号が各務章、「クレマチス詩集」第3集が藪内ミエ子、「詩と眞實」第755号が汐見純一郎、「潮流詩派」第229号が村田正夫、「Myaku」12号が吉本隆明の追悼号(含訃報)。心からご冥福をお祈りしたい。「異神」が各務章の死去に伴い112号で終刊となった。各務氏のご冥福を祈ると共に同人諸氏の今後の健筆・活躍を期待したい。    
(八洲学園大学客員教授)







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