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評者◆内堀弘
町の印刷屋――「活版フェスタ2012」に見る活版印刷の可能性
No.3067 ・ 2012年06月23日




 某月某日。山の上ホテルをぬけて、錦華公園の坂道を下ると、小さな印刷屋が何軒も並んでいた。といっても、四半世紀も前のことだ。いつも印刷機の音がしていて、軒下には洗った活字を干していた。大宮印刷があったのもこの辺りだった。
 あの頃は、古本屋の在庫目録も活版で印刷していた。一冊の書籍を作るのと同じほどの経費がかかるのだから駆け出しの古本屋には大きな負担だった。しかも、古書目録には書名や人名に旧漢字やレアな漢字が多いので、引き受けてくれる印刷所も限られていた。
 大宮さんは家族でやっている小さな印刷屋だった。同業の先輩の何人かがここで古書目録を作っていて、私もその紹介で印刷をお願いした。先輩たちは大宮さんとは飲み仲間で、「こいつは駆け出しなんだからうんと安くしてやってくれ」と頼んでくれた。
 あれから、バブルがやって来た。この街にも地上げという言葉が飛び交った。古本屋にもワープロが入り、それがパソコンに変わっていった。神保町の裏通りから印刷機の音が消え、大宮さんも引っ越していった。
 連休の一日、「活版フェスタ2012」という催事に出かけた。ここに参加しているヒロイヨミ社が(一人でやっているのだが)、以前尾形亀之助の詩集を少部数作って、それが素晴らしいものだった。大きさも素材も違う紙に詩を一篇ずつ印刷して、未綴じのまま紙のケースに収める。
 尾形は大正アヴァンギャルドのなかから登場した。印刷が身近なものになったこの世代は、実験的な書物や雑誌を送り出す。その彼らがどうしてこの形を思い浮かばなかったのだろうか。いや、そんな面白さが印刷にはまだ残っているのだ。
 フェスタの会場で、今も活版にこだわっている人たちの仕事を見ていて、私はふと大宮印刷のことを思い出した。活版に特別なこだわりがあったというのではない。ちょっと偏屈な(でも気持ちの優しい)町の印刷屋だった。それでも、ものを活字にするということに、きっと大宮さんなりの面白さもあったのだろう。そんな話も聞くこともないまま、あの頃の神保町の裏通りは姿を変えていった。







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