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評者◆竹原あき子
フクシマから一年、気づかされた日本像
No.3067 ・ 2012年06月23日
『L’equivalance des catastrophes』、『Tu n’ as rien vu a Fukushima』、『Les sanctuaries de L’abime』、『Fukushima, dans la zone interdite』、『Journal des jours tremblants』、『L’Archipel des seismes』、『Fukushima L’apocalipse et apres?』、『Apres Fukushima, QUELLE ENERGIES POUR DEMAIN?』、『Fukushima, recit d’un desastre』、『Ce n’est pas un hazard』、『Magnitude 9』、『ARIGATO』。
これらは手もとにあるフランス語で書かれた震災・福島関連の書籍だ。そのほとんどが震災後一年を機に出版され、サロン・デュ・リーブルの日本コーナーで紹介された。ジャン=リュック・ナンシーの『カタストロフの対価』は、社会学者の視点で、カタストロフに対価はない、だがカタストロフだけがわれわれが生きている基本的なことがらのコミュニケーションを可能にする、と新たな思考を要請する。 震災当日、東京にいた文筆家ミカエル・フェリエは、『福島、災害物語』で、原発のある近くの災害地まで訪れ、自分自身の無力に苛立ちながら、目にする情報をこと細かに記録し、ある日、「〝汚染地域だって普通に生活できますよ。原発推進派のわれわれが保証するんですから。それまでと全く同じというわけではありませんが。といってもマーマーくらいだったらね〟と、エリート官僚出身のある派閥領袖は、まるで自分たちとは関係がない風情で、あるいは自分たちと共謀しなさい、といった風情で、企業を飼いならし、あからさまに眼をつむらせ、強要していた。それは人類史上、見たこともないような手段だった」と信じがたい日本の状況に憤慨している。 ヨーロッパにいながら、あるいは現場を訪れながら、東電の発表、閣僚の発言、そして東日本の災害現場、人間文様、状況を日々刻々と描き出した多くの本。災害、福島がなんであったか、がフランス語で改めて確認できるのだ。災害当日からインターネットで多くの情報が世界をかけめぐったのは周知のことだが、一年後に改めて事実が紙の上に定着したおかげで、いままで気がつかなかった日本像が、パリ・ブックフェアで示された。大江健三郎がノーベル賞受賞式の講演で、川端康成の「美しい日本の私」を嫌って、あえて「あいまいな日本の私」と切り返したことに倣えば、「消滅の危機にある日本の私」が提示されたのだ。とはいえ、フランス文化が日本文化をこよなく愛し、その愛の証が多くの震災・福島関連書籍として結実したのはまちがいない。そして異色のイラスト集、漫画家集団が出版した2冊『Magnitude 9』、『ARIGATO』も文字以上の説得力をもっていた。 (和光大学名誉教授・工業デザイナー) |
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