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評者◆竹原あき子
嘆きの中から救いの光が見えた対談
No.3066 ・ 2012年06月16日




 前回、大江健三郎が語った嘆きについて書いたが、その嘆きの中から二つ、思いがけない救いの光をみることができた。一つは、パリ・ブックフェア2日目の3月17日、ルモンド紙の文学担当記者サヴィーノー(Savigneau)と大江健三郎との対談だ。そのテーマは『個人的な体験』だった。小説の主人公バードを語りつつ、障害をもつわが子ヒカリに話が進み、そのヒカリのことを恩師の渡辺一夫に報告した時、恩師は辛抱だよ、といって大江を慰めたという。ヒカリを日本の現状にたとえ、だから日本には辛抱が必要、いや辛抱しているのが今の日本だ、と。そしてそのヒカリが障害を持ちながら、危ういバランスをとりながら立っているではないか。いま日本を大きな病気が襲っている。その病気もヒカリの障害と同じではないか。日本人は被曝という障害を負いながら、そこで危うくもバランスをとっている、と。
 もう一つは、『神曲』地獄篇をめぐる対話だ。福島のカタストロフィーを体験して、大江は語った。〝全てを奪っていった津波を考えるんです。書籍も、知識も、全てを奪ったのです。その時、頭に浮かんだのは地獄門のダンテとウェルギリウスでした。希望の門は閉ざされました。記憶という文化、その存在価値さえなくなったのです。14世紀のフローレンスと福島を比較対照して考えることができます。希望の門は閉ざされました。もしも原発がこれからも稼働を続けたら、私たちの社会は消滅の危機に陥ります。こうして私がパリにいる間に再稼働が決まってしまっているかもしれません。それが心配です……〟と、日本の現状への絶望を語った。だが司会者は、その言葉を受け取りながら、〝もしも扉が閉まったら、それが開いているようにふるまえばいいじゃありませんか〟と、大江の絶望を和らげる発言をして、聴衆に安堵を与えた。もしかしたら、それは日本人が希望に向かうためのメッセージだったのかもしれない。「この門をくぐる者は一切の希望を棄てよ」の銘が書いてあるダンテの地獄門を、大江はあらゆる機会に引用してきたが、福島の被曝ほどその想いを強くした経験はなかっただろう。
 大江の登場を待ち望んだ聴衆は『ヒロシマ・ノート』の著者に会いにきたようだ。フランスで出版された、フランス語の福島関連の本の多様さは、なによりもそれを物語る。
(和光大学名誉教授・工業デザイナー)







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