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評者◆宇田川拓也(ときわ書房本店、千葉県船橋市)
本年最高の本格ミステリといっても過言ではない、傑作登場!――三津田信三著『幽女の如き恨むもの』(本体1900円・原書房)
幽女の如き怨むもの
三津田信三
No.3066 ・ 2012年06月16日




 まったく、凄い本格ミステリが現れたものだ!
 〝本格〟に限れば、もしかしたら今年はもう、これを上回る出来栄えの国内ミステリにはお目に掛かれないかもしれない――そういっても過言ではないほどの傑作なのだ。
 流浪の怪奇幻想小説家――刀城言耶を主人公に、『厭魅の如き憑くもの』(講談社文庫)以来、ホラーと本格ミステリの融合を高い水準で試みてきたシリーズの最新作は、同時にシリーズ最異色作にして、ホラーミステリ作家――三津田信三の最高到達点と断言する見事な作品だ。
 物語の核となる謎は、三つの時代の三軒の遊郭――戦前の金瓶梅楼、戦中の梅遊記楼、戦後の梅園楼で繰り返される、三人の〝緋桜〟という花魁が絡んだ、「三」尽くしの奇妙な身投げ事件。なぜその者たちは皆、いわくつきの〝部屋〟から身を投げようとするのか? それは遊郭に棲む、この世ならざる〝幽女〟の仕業なのか? なんとも心躍る魅力的な謎ではないか。まさに本シリーズらしい怪奇と推理を予感させ、いったいどこが〝最異色作〟なのかと首を傾げる方も多いだろう。
 しかし、である。なんと刀城言耶は冒頭で――ここには密室や人間消失も、連続殺人や見立て殺人も、試行錯誤によって齎される多重解決やどんでん返しも、おそらく何もない――という、本格ミステリにあるまじき断わりを入れてくるから驚いてしまう。「いやいや、そんなこといったって騙されるものか!」と勘繰る向きもあるに違いないが、これが言葉のとおり、本当に〝何もない〟のである。確かに、それぞれの身投げ事件については、一応どれも納得のいく説明がつきはする。そして、遊郭に棲む得体の知れない〝幽女〟の気配も強く感じられる。手掛かりも証言もほぼ揃い、真相に迫っている――はずなのに、どうにも腑に落ちない、解けているのに解き切れないモヤモヤが消えず、気持ちよく膝を打つ瞬間が訪れてくれないのだ。これまで本シリーズ一番の見せ場といえば、終盤の畳み掛けるような推理につぐ推理によって核心に切り込んでいくところだが、それを封印してしまっているので、ファンは大いに面食らうことだろう。そういう意味では、あらかじめ従来と違うことを明示しており、「親切設計」ともいえるわけだが、驚くなかれ三津田信三が凄いのはここから! 読者を戸惑わせるような結構に見せつつ、じつは巧妙な伏線と技巧を随所に施し、ラスト三十ページを切った段階で度肝を抜く衝撃を叩きつけてくるのだ。第四部、どうにも腑に落ちない、解けているのに解き切れないモヤモヤが、刀城言耶が発する〝短い一文〟によって霧消する威力のなんという凄まじさよ! 冗談ではなく、私は思わず「うわっ!」と声を上げてしまったほどである。「第一部花魁――初代緋桜の日記」の遊郭小説としての素晴らしい完成度、怪奇と仕掛けを演出する繊細な手際、そしてあまりにも大胆な一撃を喰らわせる豪腕、いずれもが目を瞠るハイレベルな到達を遂げているのだ。
 また、最後にもう一点、第四部のあとに添えられた「追記」に、ぜひともご注目いただきたい。三津田信三が〝ホラーミステリ作家〟として「あのままでは終わることができない」と貫いた信念、あるいは意地が、たった二ページのなかから静かに迸っているのだ。ゾクっとする余韻とともに、三津田信三の凄みをここからひしひしと感じ取っていただけるであろう。







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