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評者◆谷川渥
かたちとかたちならざるものとの関係を問うのが美学――「芸術知」の広大な地平をさまよってほしい
新編 芸術をめぐる言葉
谷川渥
No.3066 ・ 2012年06月16日




 古今東西、151篇の「芸術をめぐる言葉」が収録されている。オビにも刷られた「芸術知」とは谷川氏の言葉だが、本書を通読してすぐ理解できるのは、芸術をめぐる言葉たち、「美学」とは、「思弁的」なものであるということだ。
 「芸術とは、ある意味で非常に曖昧でいい加減なものですから、思弁のない芸術論は無意味だと思っています。芸術をめぐる現代の様々な情報や現象とは別に、想像力の王国というようなものがあると思います。それを知りたいと思って手当たり次第に本を読んできた記録が本書になったようなものです」
 氏は続けて言う。
 「美学なんて勉強しても役に立たない、とよく言われます。ドイツ語のKunstwissenschaftの翻訳で芸術学という分野がありますが、それはかたちになった作品が成立する経緯や作品の意味を取り出す学問で、「モノ」があるからできる学問です。しかし美学には対象となる「モノ」がありません。かたちとかたちならざるものとの関係を問うのが美学だ、というのがぼくの立場です。芸術に関する思弁が今までどう展開されてきたのか知りたかった。ぼくは、よく日本人が「それは理屈だ」とか「そんな難しいことを言ってどうするんだ」なんて言うことが日本をとても駄目にしていると思っています。何らかのかたちで芸術に携わるならば、本書くらいは読んでおいてほしいという気持ちはあります」
 例えば小林秀雄は「美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない」と書いたが、これとまったく逆なことも即座に言えてしまうのではないだろうか。つまり、「花」の美しさが存在するのだ、と。
 「例えば日本の歌に桜や梅が出てきますが、歌人たちはじつのところその花を経験してはいないのです。観念化しないと歌に詠めない。観念化しないと芸術に昇華されないのはまず間違いない。ですからこれは小林秀雄一流の断言ですが、彼は西洋美学をよく勉強した人で、ベルクソン流の純粋知覚の美学を展開しているわけです。それはあの時代の流行でしたが、しかしそこに安住している限り、芸術論の展開は期待できない気がします」
 本書の各項は見開き二ページ完結だが、様々な系が存在している。その中には例えば「女性(性)」や「機械」があるかもしれない。
 「本書に引用したゼウクシスの挿話(P24)には、デリダやラカンがこだわっていて、またニーチェやハイデガーも深く関わっています。裸の女性=真理説や、あるいはだまし絵の問題は、実は哲学的な問題で、その言説の歴史はずっと西洋にある。日本にはなかなかそういう議論がありません。それから、人間と機械の関係は面白いテーマです。産業革命当初は、巨大な機械は美的なものと背馳する、と拒否していましたが、未来派の時代まで下ると機械や速度の美を称揚するようになってきます。いわゆる「ピグマリオニズム」も「独身者の機械」も、そうした機械の想像圏に含まれる問題と言っていいでしょう」
 「美と味覚、芸術と食欲――これは美学と芸術の歴史に関わる本質的問題である」(P235)と書かれている。どういうことだろうか。
 「カントの『判断力批判』で「趣味判断」という言葉が使われていますが、これは「味覚判断」のことです。カントは、美は視覚と聴覚にしか与からないという伝統的な立場に立っています。にもかかわらず、美的判断を味覚判断と呼び変えているのはなぜか。17、8世紀に隆盛した「趣味論」を統合しようとしたからです。「趣味論」の背景には植民地主義があって、味わったことのない飲み物が流入してきたりする。その「違いがわかる」のが貴族の特権のようになり、「あいつは味覚=趣味を持っている」なんていう言い方になります。しかし、液体に溶けないと味覚は生じない。カントの美学はフォーマリズムですから、たとえば絵画の場合には、色彩ではなく線描性に対して発動する。油や水など、味覚の成立に不可欠な液体に相当する「媒質」を排除しようとする美学をカントは展開しようとしたわけです。これをぼくは「美学の逆説」と呼びました。彼はまた、「美」と感覚的な「快」を原理的に分けてしまいました。しかし「美」と「快」の関係は微妙で、まさにそこに美学問題のすべてがあると言っても過言ではないでしょう。昔から、「目に見て快いもの」を「美」と呼んでいます。あるいは、西洋では「ブーケ」とは「花束」のことですが、同時に香水などに使う「匂い」という意味もあります。匂い、味、口唇性といったかたちならざるものをどう考えるかは、とても大きな問題なのです」
 本書は、「芸術をめぐる言葉」の、単なる解説ではない。
 「これらの言葉に触発されながらどういう知のコネクションができあがるか、その見本を見せているようなものです。「芸術知」の広大な地平をぜひさまよってほしいですね」

▲谷川渥(たにがわ・あつし)氏=1948年生まれ。國學院大學文学部教授。美学専攻。主な著書に『美学の逆説』『鏡と皮膚』『図説だまし絵』『廃墟の美学』『肉体の迷宮』『シュルレアリスムのアメリカ』など多数。







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