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評者◆沢田史郎(丸善津田沼店、千葉県習志野市)
肯定してあげることが子どもには大きな救い――中脇初枝著『きみはいい子』(本体1400円、ポプラ社)
きみはいい子
中脇初枝
No.3065 ・ 2012年06月09日




【這えば立て 立てば歩めの 親心】
 ってのは、恐らくは最も有名な江戸川柳。親が子を思う気持ちをこれほど端的に言い表わした言葉は、世界でもそうはないんじゃないかとも思うけど、実は江戸川柳には、子どもを慈しむ名句、佳句が目白押し。読んだ誰もが微笑まずにはいられないようなその幾つかを、以下ご紹介。
【寝かす子を あやして亭主 叱られる】↓せっかく寝付いたとこだったのに! 可愛くて仕様がないんでしょうな(笑)。
【寝ていても 団扇のうごく 親心】↓夏の昼下がりですかね。昼寝の子どもにつられて母親もついウトウト。だけど子どもを扇ぐ手だけは、無意識のうちにも動いているんですね。
【子の寝冷へ 翌日夫婦 けんくわ也】↓それだけ大事にされていたんでしょう。風邪をこじらせただけで死んじゃうことも、珍しくない時代でした。
【夕立に 取り込んでやる 隣の子】↓突然の雨。洗濯物を取り込もうと慌てて走り出てみると、親が留守にしているらしく、隣の子がまだ遊んでる。「まぁまぁこんなに濡れちゃって。風邪ひいちまうよ」とかなんとか言いながら、洗濯物を放り出して、まずは隣の子を家の中に入れてやる。子どもは地域の宝、だったんですね。
 とまぁ、前置きが必要以上に長くなったけど、古来子どもってのは、こうして大切に育まれてきた筈だと思うのだ。ところが、いつの時代からだろう、「児童虐待」なんてもんがはびこり出したのは。暴力や暴言、育児放棄などによって痛めつけられる子どものニュースが毎年毎年、後を絶たない。どうしてそんなことになってしまうんだろう……。
 そんな悲しい現実を、まっすぐ勇敢に見つめる作品が出た。中脇初枝さんの『きみはいい子』は、親から「いい子」と言って貰えない子どもたち、子どもに「いい子」と言ってあげられない親たち、そして、子どもの頃、親から「いい子」と言って貰えなかった大人たちを描いた連作短編集。
 登場するのは、食パン一枚の食事しか与えられず、学校の給食を何よりの楽しみにしている小学生。
 公園では優しくておしゃれなママを演じながら、一歩家に入った途端、全てのストレスを幼い娘に叩きつけずにはいられない若い母。
 障碍を持つ我が子に苛立ちをぶつけ、そんな自分を息子ともども嫌悪し、絶望する親。
 息子の友達がどうやら虐待されているらしいと勘付きながら、幸せを願うことしか出来ない父親。
 幼い頃、自分を散々虐待した母親を許せず、痴呆が進んだその母親を前に言葉を失う女性。
 どの短編も、読んでいて心が浮き立つ類の話では、当然ない。救われるべきは、虐待されている子どもなのか、虐待してしまう親なのか。簡単には答えの出せない問いに、心は暗く沈んでゆく。それでも、主人公を取り巻く幾人かは、祈る。ささやかでもいいから、彼ら彼女らにいつか救いが訪れるように、と。祈ることしか出来ない自分を不甲斐無いと感じながらも、せめて祈らずにはいられない。僅かな幸せの記憶を忘れずにいますように、と。そして、彼ら彼女らに向かって静かに呟く。「きみは、いい子だよ」と。
 著者は、物語に安易な癒やしや解りやすいハッピーエンドを与えてはいない。その代わりにこの物語は、ただ肯定してあげるだけのことが子どもにとって如何に大きな救いになるかを、肯定されない不安や寂しさが如何に辛く悲しいものであるかを、全編で訴えかけてくる。故に読者もきっと、登場する全ての人物に「きみは、いい子だよ」と、囁かずにはいられない筈である。「きみは悪くない。きみは、今のまんまで充分いい子なんだよ」と、告げずにはいられない筈である。彼ら彼女らが、いつか救われることを祈りながら。







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