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評者◆吉田文憲
緩慢さは、反復する目にも止まらぬ日常の速さ――天性のものとしか思えない独特のテンポとユーモアがある「東京五輪」(松波太郎、『すばる』)
No.3065 ・ 2012年06月09日




 「水の面」を霊気が動くようなそんな小説を読みたいと思って毎月の文芸誌に向き合っているが、当然のことながらなかなかそんな作品や一行にはめぐり合わない。それでも、こんな場面に出喰わすと、慄然としつつ、深いところでこころが動く。新しい連作小説の第一回目、吉井由吉の「窓の内」(『群像』)。たとえばひろくもない道を長く斜めにゆっくりと横切ってゆく肉の落ちた年寄りの姿をみて、《――渡りきるまでに、百年もかかりそうだ。そうなんだ、百年はかかるんだ、近間でも。》
と男は思う。その異様にみえるほどの緩慢さは、しかし全身、いかにも真剣に、生涯がここにかかわっているかのように、動作は張りつめている。これは病身のときの我が身にも覚えがあるし、九十歳を越えた父親の姿を日頃みていると、箸を持つ手や踏み出す足の一歩にさえなにか奇跡をみている気になり、ときに深い感慨を覚えることがある。緩慢さは、百年の速さでもあるのだ。緩慢さは、反復する目にも止まらぬ日常の速さだといってみようか。この小説はこんな「身の丈に余る悲しみ」の深く差し込む場所に、いわばそのような時間をみている。あるいは幼少年期の記憶であろうか、長い、遠い道の先に、夢のように駅舎の灯りが生温かくひろがり、その記憶の暗がりに赤ん坊をおぶったまましゃがんで用を足している女の子の姿がみえる。あれは「われわれの母親ではないのか」と男は呟く。語りは幾重にも入れ子をなす「窓の内」から冥界を覗き込み、そこで一瞬が百年でもあるような緩慢で速い流れ去る時間の「既視感のきわみ」に触れようとしている。
 この「既視感のきわみ」を望むなら永劫回帰の相と呼んでもいい。窓ガラスの向こうはもうそんな彼岸と此岸をゆき交うゴーストたちの跳梁する別世界なのだ。
 同じ『新潮』に載っている綿矢りさ「ひらいて」は、すぐれた少女漫画を読むようだ。《彼の瞳。/凝縮された悲しみが、目の奥で結晶化されて、微笑むときでさえ宿っている。》恋の毒が全身に回った女子高生の同学年の恋する男を見つめる熱いまなざしといってしまえばそれまでだが、これはいささか感傷的な星菫派の文体ではないか。そういう文体で全篇が押し通される驚き。みずみずしいともいえるし、いちず、あまりにもストレート。そして、読ませる。
 物語の焦点は、どこにあるのか、作者は何を描きたかったのか、と考えた。そのことを書いてみる。
 主人公の名前は、愛。恋する男の名前は、西村たとえ。そしてたとえには、愛と同じクラスの自己免疫疾患による糖尿病を患っている美雪という恋人がいる。片想いの愛はたとえを自分の方に振り向かせようとして美雪に近づく。そしてレズビアンのような関係を結ぶ。幾度かこんな場面がある。愛は教室で想いを寄せる男の方を盗み見ながら恋い焦がれる気持ちを抑えるように幾つも小さな鶴を折る。そして、「折る」と「祈る」という字は似ている、とふと呟く。私は、物語の焦点はこのあたりにあるのではないかと思った。タイトルの「ひらいて」は、さしずめこの「祈り」に照応する言葉だろうか。だが日本語のイノリがノロイをその語源に隠し持っているように、物語の展開は、「折る」=破壊の方へ向かって動いてゆく。すなわち愛は、たとえと美雪の仲を引き裂こうとあれこれ悪だくみを画策する。
 文体の問題や作者があまりにイノセントを信じ過ぎるところからくるいささか素朴な表現など、この小説には欠点も多いが、それでも読後ある感動とさわやかさが残るのは、物語が、いちずにこの「ひらいて」=「祈り」に向かって求心的に動いているからである。愛-たとえ-美雪というそれぞれに美しい名前が表象するのも、それがそのままその「祈り」の化身であるような命名であるからにほかならない。作者自身がおのれに「ひらけ」と語っているのだ。
 原田ひ香「アイビー・ハウス」(『群像』)も面白かった。
 これは、夫同士が大学時代の友人という三十代の二組の夫婦が、町田あたりの蔦の絡まるレンガ造りの中古二世帯住宅にシェアして暮らす、いわばスローライフ、「身の丈に合った」生活を目指そうとする、コンミューン作りの物語である。二組の夫婦の人物造型が丁寧になされており、かつ一場一場の場面設定が巧みで、よくできたテレビドラマを観ているような印象があった。そして、この人は各人物のセリフの絡みがとてもうまい。セリフだけで巧みに場面を作ってしまえる人だ。結局この共同生活は冒頭に登場した謎のような女の出現が伏線となって最後には破綻してしまう。ラストに、同居者の一人が「根本ばかりを見ていたので気づかなかった」と、家の裏手に廻って、あっと驚きの声をあげる場面がある。《五年の間に、これだけ蔦は野放図に伸びていたのか。僕らはこれほど好き勝手に伸びていたのか……》
 膨らみの多いこのドラマにふさわしく、なかなか見事なエンディングではなかろうか。力のある人だ。
 今月もっとも才気と魅力を感じたのは、松波太郎「東京五輪」(『すばる』)である。円谷幸吉の遺書がプロローグに置かれている。高校の頃陸上部だった「わたし」は顧問の先生に円谷のフォームをまねるよう指導される。のち結婚、妊娠し、そのときに初めて自分が幼児期円谷と同じ関節炎を患っていたことを知り、改めて顧問の先生のそのときの言葉を思い出し、円谷の生涯にも興味をいだく。現在の「わたし」は神経症から歩くことへの不安が昂じ、子育てどころか家事もままならない。右の一歩を踏み出す、左の一歩を踏み出す。こうした二足歩行は驚異的なことではないか。それが家事までたどり着く。子育てまでたどり着く。ましてや家族を構成する。それはほとんど奇跡に近い不可能事に彼女には思える。 
 この人の文体には、天性のものとしか思えない独特の(まさに関節のはずれたような)緩慢で緊張したテンポ、ユーモアがある。しかもその文章の呼吸はじつに繊細だ。東京五輪以後と震災以後、二つの時間が交錯し、まさにこの先の一歩をどう踏み出していいのかわからない。そういういまの時間の不安とおののきが、この小説にはある。
(詩人)







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