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評者◆田口幹人(さわや書店フェザン店、岩手県盛岡市)
「おかえり」という言葉の深さと優しさ――原田マハ著『旅屋おかえり』(本体1400円・集英社)
No.3064 ・ 2012年06月02日




 今年の上半期の話題の一冊にして今年を代表する作品、名画の真贋を題材とした傑作アートミステリ小説『楽園のカンヴァス』は、手に汗握りページをめくる手を休めることが出来ないほどの興奮を感じさせてくれた作品でした。そんな『楽園のカンヴァス』の著者原田マハさんの最新作『旅屋おかえり』は、原田さんの真骨頂「旅」をめぐる物語です。
 32歳の売れない元アイドルでタレント丘えりかこと「おかえり」が主人公。故郷は、人が住む最北端の小さな島・北海道礼文島。父の話す、「海のあっち」側の世界に対して抱いた興味と恐れ。島唯一の高校へ進学し、修学旅行で生まれて初めて「海のあっち」側の世界へ渡ることに。強烈な光線を放っている都会の街並みに萎縮してしまう。修学旅行最終日、島のメッセンジャーとして、交流のある都内の高校で、島の魅力をプレゼンすることに。そのプレゼンを聞いていた芸能プロダクションよろずやプロの萬鉄壁社長にスカウトされる。悩んだ末、家族、そしてふるさとを離れ、単身芸能の道へ飛び込むことになるのだが、父と母とある約束を交わす序盤から、すでに込み上げるものが。アイドルとしてデビューするも鳴かず飛ばずのまま月日は流れ、気が付けば唯一の仕事が旅番組のレポーター役のみ。追い討ちをかけるように、自身のミスから番組の打ち切りが決まり、所属タレントが丘えりか一人という零細芸能プロよろずやプロも、まさに崖っぷちに立たされる。
 そんな中、おかえりの旅番組でのレポートを欠かさず見ていたという、ある華道の家元の妻が、「病で動く事が出来ない娘の代わりに、旅に出てほしい。その旅先での出来事を娘に聞かせてほしい」という依頼を持ってくる。依頼に戸惑いながらも、家元の妻が語る家元と娘の関係に、自身と父親を重ね、依頼を引き受けることに。そうして前代未聞の旅代行業「旅屋おかえり」旅人・おかえりとしての第一歩を踏み出すべく、彼女が見ることが出来なかった「青空の下での、満開のしだれ桜を見る」ために、春の角館へと旅立つ。道中、待っていたのは旅の醍醐味ともいえる発見や人との出会い、そしてハプニング。おかえりは、病床の彼女に何を伝えることが出来たのだろうか。
 その後も、旅屋おかえりのもとに様々な旅の依頼が舞い込む。旅人・おかえりのまっすぐな心が、切なく辛い旅の行方を明るく照らしていく。そして、自分も一歩踏み出すことを決意する。
 著者が描く情景の描写が、見事に読者を旅の世界に引きずり込む。風に揺られて落ちてくる大粒の雨。宿へ向かう山道に降る春の雪。そして雪解けの明るさ。読み進めていくうちに、おかえりと共に旅をしている気分になっている。
 終盤に向けての、旅から戻った時にかけられる「おかえり」という言葉の意味の深さと優しさが素直に胸を打つ。「おかえり」という言葉の裏に見える「いってらっしゃい」という人の想い。「おかえり」と言ってくれる人がいて、「おかえり」と迎えてくれる場所があることの尊さを改めて感じ、体の中からじんわり温かさが広がってくる一冊です。







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