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評者◆花本武(ブルックスーエ、東京都武蔵野市)
股間をどう表現するか。それが問題なのだ。――木下直之著『股間若衆――男の裸は芸術か』(本体1800円・新潮社)
No.3063 ・ 2012年05月26日




 「芸術」というものがこの世の中にあって本当にありがたいと常々おもっている。私事だが昨日なんかも国立新美術館で「セザンヌ展」と「エルミタージュ美術館展」を鑑賞して再認識した。そのチケット代は二展合わせて2800円。相場であろう。
 「芸術」を鑑賞するには然るべき対価が発生するわけだが、必ずしも、どんな芸術作品に於いてもというわけではない。駅前なんかに佇んでいる、視界に入れつつも黙殺している彫刻作品たちを思い出してほしい。芸術家が丹精込めて創り上げた逸品のはずだが、どうも扱われように差がつく。
 クローズアップしてみよう。たいがいその種の彫刻は人物像ではあるまいか。若さと健康を誇示するかのような身体。それを際立たせるためなのか、服を着ていないことが多い。「裸」だ。
 人通りの絶えない駅前などを「裸」では本来ならマズい。しかし彼等は悠然と遠くを見たりしている。いま、「彼等」と表記した。ようやっと今回取り上げる本のテーマが立ち上がる。裸婦の美についての言説は枚挙に暇がなかろう。木下直之『股間若衆』、サブタイトルはずばり「男の裸は芸術か」。
 なんというか出オチみたいな本のようにも見える。なにしろ「股間若衆」(コカンワカシュウ)である。今年これ以上に爆裂なタイトルの本に出会えるだろうか。表紙のデザインも奮っている。三体の男性裸体彫刻がポージングしていて、それぞれに頭や肩に鳩をのせている。遠景は桜が咲き誇り、よく見るとカメラを構えた人物がぼんやりうつっている。そこはかとなく面白いのだ。店頭で確認していただきたい。田丸久美子による帯文句、「男の沽券にかかわる本」も秀逸。
 本書の魅力は著者が終始ノリノリな点にある。バックボーンがしっかりした先生なのだが、大いに楽しみながら、読者を笑わせつつテーマに迫っていくのだ。悪ノリじゃないかと憤慨される向きには、残念だが芸術の世界の上っ面しかわからない。
 先生のノリノリ具合が最も如実に出るのがその造語の切れ味ではなかろうか。「古今和歌集」の響きをちゃっかり拝借した爆裂タイトル「股間若衆」だけではない。目次を見ると、「股間漏洩集」(和漢朗詠集より)まである。そして本書に於いて最大最強大爆笑のキーワードがこれだ。「曖昧模っ糊り」。
 男の裸に迫る。それを突き詰めるとどうしたって股の間を注目しないわけにはいかない。そしてそここそが芸術家と国家権力がガチンコでぶつかりあう戦場と化す。股間をどう表現するか。それが問題なのだ。先生は様々なサンプルを検証して戦場を検分していく。申し訳程度の葉っぱが付いていたり、なんだかとろけてしまっていたり……。
 そんな猥褻物陳列罪対策の極みと言うべきか、もっとも典型的な股間表現に於ける芸術家側の措置こそが曖昧なままに、それとなくモッコリとさせた「曖昧模っ糊り」型の男性裸体彫刻なのである。
 「股間若衆」があれば当然「新股間若衆」だってある。そこでは彫刻に止まらず写真作品として撮影された若衆たちに光が当たる。先生の文章は冴えわたる。妙に格好いい文章が頻出するのだ。一文だけ抜き出したい。屈強な男が円盤を持って、かまえている。もちろん全裸だ。その写真に対する先生の言。「全裸であることに釣り合う小道具は意外と乏しいのだ。逆に、全裸にするために円盤が持ち出されてきた。円盤は方便なのである」。
 そして「漏洩集」ではとうとう女性ヌードにも言及するのだが、話は「股間若衆」たちに収斂していく。この「漏洩集」のパートは最も興味深く、個人的に都築響一の仕事と共鳴するような部分を感じたのだが、紙数が尽きた。読まれたし。







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