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評者◆福井健太
本格ミステリとは「約束事を守る」こと――誰かがルールを纏めなければならないという使命感から生まれた書
本格ミステリ鑑賞術
福井健太
No.3063 ・ 2012年05月26日




 ベストセラーやテレビドラマなど、ジャンルとしてのミステリの勢いには目を見張るものがある。確かに親しみやすいジャンルではある。しかし、その真髄は奥深い。本書は、その面白みを「原則篇」「鑑賞篇」「技巧篇」「発展篇」の四部構成で、丁寧に指南してくれる、ありそうでなかったガイド本だ。「十年ほど前、ある本格ミステリをアンフェアと評したアマチュアのブログが“炎上”したことがありました。三人称の記述に嘘があるからアンフェアだという指摘は正しいのに、その主張が通じないんですね。それを目にした時、ミステリのルールを把握していない読者が多いのであれば、誰かが初歩から纏めておく必要があると思いました。本書はそんな使命感から生まれたわけです。
 本格ものはミステリの一分野に過ぎませんが、そこではフェアプレイが特に重視されます。本格を称することは“約束事を守る”と宣誓するのと同じこと。だから個々の作品がいかにフェアであるか、あるいはアンフェアであるかという視点が必要になる。そういう議論を抜きにして、本格ミステリというレッテルを無造作に貼ることで、著者と読者の相互理解という前提が疎かにされている印象もありました」と執筆の動機を話す。
 本書の魅力の一つは、エドガー・アラン・ポオや「すごい本格ミステリの書き手。かなり野心的、実験的」と絶賛する東野圭吾など、古今東西の作品がバランス良く選ばれていること。入門者はもちろん、選り好みの激しい玄人もカバーする心遣いが感じられる。本質を論じるために避けて通れない“ネタバレ”に関しては、各章の冒頭にタイトルを明示してくれているのが嬉しい。「この手の本が作られなかったのは、結末を明かす必要性ゆえかもしれません。昔の推理クイズ本が被害者を生んだせいもあって、ネタを割ることは悪だという風潮があります。評論であれば構わないという見解もあるけれど、別のテーマ――たとえば社会論のダシに使われるだけのケースも多かった。本書では“このネタにはこんな効果があります”という説明に徹することを心掛けています」。
 ひとえに本格と言っても、さまざまな潮流がある。殺人が(あまり)起こらない“日常の謎”系や、記述そのものに罠がある“叙述トリック”系等々。本格ミステリ全般の流れを簡単に分析してもらうと、「社会派の代表とされる松本清張にも変なトリックを使った話があるし、本格派の驍将である島田荘司もその愛読者でしたが、往年の本格ミステリのマニアの中には、社会派への反発をモチベーションとする人々も多かった。八十年代後半以降、ゲーム性を強調したミステリの書き手が増えたことには、そんな要因もあったのかもしれません」。
 “日常の謎”については、「戸板康二や北村薫のような名手は昔からいて、犯罪が無くても謎解きが楽しめることを示してきましたが、これは便宜的なタームに過ぎません。似鳥鶏『午後からはワニ日和』(文春文庫)も“日常の謎”に分類されますが、動物園のワニが盗まれるのは日常じゃないですよね」。
 これだけ膨大な書物を渉猟すると、むしろ自分が小説家になろうという気持ちがわかないのか聞いてみると、「二十年前のワセダミステリクラブには、創作よりも批評をやろうとするムードが強かった。OBにもシビアな批評家が多くて、迂闊に小説は書けなかったわけですよ」と笑顔で話す。
 最後にベタベタな質問、今この場でオススメの三冊を尋ねた。「鮎川哲也の二冊の短編集――『下り“はつかり”』と『五つの時計』を合わせて一冊扱いにさせてください。「達也が嗤う」と「薔薇荘殺人事件」は必読です。あとは変化球として、アントニー・バークリー『試行錯誤』と山口雅也『生ける屍の死』。創元推理文庫ばかりなのは全くの偶然ということで」。

▲福井健太(ふくい・けんた)氏=1972年京都府生まれ。書評家。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はワセダミステリクラブ所属。「ミステリマガジン」「SFマガジン」などで小説とコミックのレビューを担当。







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