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評者◆宇田川拓也(ときわ書房本店、千葉県船橋市)
売り場に急ぐ価値のある、本年を代表する傑作!――桜木紫乃著『起終点駅(ターミナル)』(本体1500円・小学館)
No.3062 ・ 2012年05月19日




 こんな拙文からは早急に目を離して、いますぐ桜木紫乃『起終点駅』をお求めいただきたい! 本年を代表する――といっても過言ではないほどの、文芸書担当として太鼓判を捺す素晴らしい傑作なのだ! さあ、ぼやぼやしていてはなりません! 売り場に急ぐのです! そして読了されたのち、またお目に掛かりましょう!
 ……読まれましたか? どうです、私の言葉はウソじゃなかったでしょう? 個人的に次回直木賞の有力候補を挙げるなら、窪美澄『晴天の迷いクジラ』(新潮社)、貫井徳郎『新月譚』(文藝春秋)、そして本書だといっても大いにご納得いただけるに違いない。
 昨年発表した『LOVE LESS』(新潮社)で、第百四十六回直木賞、第十四回大藪春彦賞、第三十三回吉川英治文学新人賞に立て続けにノミネートされ、俄然注目を集めている桜木紫乃。その作風は、明るい温もりや清々しさで読み手をやさしく癒すようなものではない。北海道を主な舞台とした物語を色で表わすなら、潮風に吹かれる海辺の寒村の空のようなモノトーン。そこで描かれるのは、自分に付随するなにを捨てようと、また逆になにを背負おうとも、生きている限り逃れることのできない哀しいほどの孤独だ。そして、そんなどうしようもない現実を前にしても、じりじりと生きていく人間の芯の強さ――いうなれば〝魂の膂力〟とでもいったものである。
 とはいえ桜木作品が、単なる陰鬱に終始するような小説でないことは、読了されたみなさまならお気づきのことだろう。確かに一見すると、暗く厳しいことばかりを突きつけ、あたかも読者の眠たい目を覚まそうとするようにも感じられる。しかし、息を呑んで読み進めていくと、思うように生きることが叶わない人生とその周辺にも、極々仄かな光明――希望や願いが見え隠れしていることが示されていく。それはなにも光の儚さ、消えそうな弱さを表しているわけではない。逆に、どれほど強い輝きでなければ、この世界では仄かな光にすら見えないかを、私たちに教えてくれるのだ。
 本書は全六話からなる物語である。登場人物の重なる話もあるが、基本的には一話完結。第一話「かたちないもの」を東京から始め、北海道内を経由して、海辺の寒村を舞台にした最終話「潮風の家」で幕を閉じる構成も秀逸で、ひとつ読み終えては顔を上げて大きく息をつくような、なんとも濃密な読書体験を六度味わえる。
 本作には、国選弁護しか引き受けない弁護士を主人公にした表題作が三話目にあるのだが、ほかのどの話のどんな人生を見ても、タイトルの〝起終点駅〟という言葉が頭から離れることはない。たとえば、だれかの命の終わりに直面して、新たな生き方に目覚めることもあるだろう。すでに終わったはずのつながりの向こうで、二度と訪れない新たな暮らしを待っている人生もあるだろう。再会による新たな出発を願う気持ちに、背を向けて終えることでしか応えられない、そんな誠意の示し方もあるだろう。こうした、さまざまな人生に訪れる起点と終点を考えさせる場面が随所にあり、それらをつぶさに見つめ続けていると、なんだかじわじわと胸の奥底から湧き上がってくる想いがある。
 それは、生きている限り、自分はだれかの人生の起終点駅になりつつ、まただれかの起終点駅を経由して、新たな行き先を目指すことができる――そんな、孤独な世界で人間が生きていく意味、あるいは真理のような想いである。
 デビュー十年にしてたどり着いた、桜木紫乃の最高傑作。もしあなたの身の回りで未読の方がおられたなら、ぜひとも教えてあげていただきたい。







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