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評者◆殿島三紀
心が折れそうなときはハッピーエンドストーリーがいい──アキ・カウリスマキ監督 『ル・アーヴルの靴みがき』
No.3061 ・ 2012年05月05日




 ここのところ、なかなか試写を観ることができない。『オレンジと太陽』『裏切りのサーカス』『わが母の記』『ル・アーヴルの靴みがき』。4月上映作品で観たのはこの4本というところか。
 ジム・ローチ監督作品の『オレンジと太陽』。あの社会派監督ケン・ローチの息子の長編映画監督デビュー作で、英国が国策として行なったという児童移民問題を扱っている。へぇ、知らなかったよ、とビックリさせられる映画だった。『裏切りのサーカス』はトーマス・アルフレッドソン監督がジョン・ル・カレ原作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」を映画化。70年代の冷戦時代を描いた英国版スパイ大作戦だ。静かなスパイ映画である。『わが母の記』。これは『突入せよ!あさま山荘事件』『クライマーズ・ハイ』の原田眞人監督。井上靖の自伝的小説を映画化した。わたしはどの映画ものめりこんで観てしまうタイプの鑑賞者なので、これ1本! とは決めがたいのだが、迷う心に鞭打って選んだ4月の1本はこれ。『ル・アーヴルの靴みがき』である。
 『ル・アーヴルの靴みがき』。監督はアキ・カウリスマキ。彼はフィンランドが生んだ異能の人。だが、その登場人物は美男でも美女でもなく、その上、無愛想。じゃあ、なんで選んだんだ? と問われたら返す言葉もない。滲み出るような笑いを感じるからかもしれないし、妙に懐かしい感じがするからかもしれない。でも、あえて言うなら、超がつくほどハッピーエンドの映画だから。
 舞台はフランス・ノルマンディー地方の港町ル・アーヴル。パリと比べれば冴えない街だ。パリで芸術家をしていた主人公マルセルは、今は靴磨きをして生計を立てている。パリからル・アーヴルへ、芸術家から靴磨きへ。ま、順風満帆な人生とはいえない。その上、近所でも評判の妻アルレッティ(美人ではないが)は入院してしまい、不治の病という宣告を受ける(このことを賢妻は夫には知らせないのだが)。さらに、ひょんなことからアフリカの難民少年をかくまうこととなり、彼がロンドンへ渡るための密航費も捻出しなければならない。人のよいパン屋のおかみや八百屋のおやじ、カフェのマダムなどを巻き込んで、港町は大騒ぎ。大丈夫なのか。マルセル……。

 さて、本作は『街のあかり』(06)以来、5年ぶりの新作である。この『街のあかり』を観たとき、なんとも不思議な印象を受けたことを思い出す。なんといえばいいのか、日照時間の少ない冬のフィンランドの街が紙芝居のようなテンポで映し出され、このゆったり感が独特な世界観を醸し出す。妙に魅きつけられるのだ。
 本作もまたレトロな風景といい、70年代風の楽曲といい、人のよいご近所さんたちといい、特異なカウリスマキ・ワールドを楽しませてくれる。難民問題という深刻なテーマが映画の骨子だし、よい人ばかりではなく、密告者やらこわもての刑事なども登場する。
 しかし、暗転という言葉の反対語として明転という言葉がもしあったら、これはまさに明転する映画。ハッピーエンドである。これが映画の魔法か。カウリスマキ監督に気持よくだまされてしまった。嘘だとお思いなら、どうぞ、映画館へ足をお運びください。下向きの視線、後ろを向いた気持に一瞬灯がともるのを実感できることは保証しますよ。
(フリーライター)
※『ル・アーヴルの靴みがき』は、4月28日(土)より東京渋谷・ユーロスペースほか全国順次ロードショー。







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