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評者◆杉本真維子
オバQ線――いずみ
No.3061 ・ 2012年05月05日




 私にとって「オバケのQ太郎」は、かわいい、というイメージで占められていた。その自分のイメージのまま、誰かに、オバQに似てるね、かわいいね、と褒めたところで、普通は伝わらない。気を悪くされて、おこられるのがオチだ。でも、そんな私のイメージのままに、言葉を受けとって、いつも笑ってくれていた友達がいる。
 名前は泉。いずみとか、いーちゃんとか、そのときの気分で呼び方は変わった。高校一年生のときに同じクラスになり、すぐに仲良くなった。小柄で、手がちっちゃくて、面白いことを言っては大声で笑う。それでいて、自分のことよりも、他人のことをいつも優先してばかりいる、やさしい人だった。だから、彼女のスケジュール帳は、友達の買い物の付き合いとか、何かの「付き合い」でいっぱいだった。そのことにたぶん、嫉妬さえしていた。ひとり占めしたくなるくらい、彼女のことが大好きだった。
 卒業後、私たちは進学のために上京して、大学は違ったが、しょっちゅう行動をともにしていた。東京で新しく友達になった人たちに、私はこう言って紹介していた。
 いーちゃんっていうの。オバQに似てるの、かわいいでしょ。
 なんて失礼な紹介の仕方なのだろう。けれども、いーちゃんは、はい、オバQです、よろしく、と、笑顔で挨拶していた。まいこったら、靴になれって言うんだよ、と、ぷっと吹きだし笑いをして自分からオバQネタを付け加えることもあった(オバQが変身できるのは唯一、靴である)。
 小田急線をオバQ線と言い換えただけで、なぜあんなにも笑いあえたのかわからないが、小田急、オバQ、と二人で手拍子して言いながら歩いて、小田急線に乗って、海へ行ったことがあった。日焼けしすぎて、帰宅してから、ひどい熱が出た。がまんしながら冷水に浸かっていると、いーちゃんがやってきて、お尻の皮を剥いてくれた。直径10センチの皮をきれいに剥けたことを喜びあい、勿体ないので、しばらく飾っておいたりもした。
 そのころ、女友達とよく競いあったのは、出産の痛みをどのくらい恐ろしく表現するか、ということだった。経験者からの話を持ち寄っては、みんなの前で披露し、震え上がらせる、という愉楽は、いつかは自分たちも経験するかもしれないこととして、真剣な話題でもあった。口を横に思いっきりひっぱったくらい痛い、という表現はよく聞く話で、それくらいでは生ぬるい。そんななか、一位を獲得したのは、いーちゃんだった。
「上唇を両指でつまんで、上へびーとひっぱって、そのまま頭から被っちゃうくらい痛いんだってよ」。
 みんなの指がいっせいに上唇にむかう。おそるおそる、上へひっぱりながら、なんで被っちゃうの、被ることないと思うけど、と唇で覆われた顔がこわくて大笑いした。
 詩を書いていることを話したのは、出会ってから10年も経ってからだ。いーちゃんはどこか恥ずかしそうに、当時、はやっていた、山田かまちの詩集を、小さな手で差し出した。誕生日プレゼントだった。詩を全然読まない友達から、詩集をもらうことは、どこか罪深い気持もした。でも、彼女が書店をわざわざ回ってくれて、詩集を買っている場面を想像すると、そんなつまらない思いは消えた。ありがとう、心の底から言葉がでた。
 協調性がありすぎて、自分がない、なんて言われたこともあったという。でもそれは違う。人のために何かをすることが、自分自身のよろこびに繋がっている、そういう稀有な人だった。
 いーちゃんは、今年39歳でこの世を去った。まだ、オバQと呼んでも、笑ってくれるだろうか。いま思えば、信じられないようなことだ。私がもっている言葉のイメージを、そのまま温かく、受け取ってくれていたなんて。
(詩人)







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