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評者◆内堀弘
戦前の吉本隆明――入札会に出た吉本隆明の古書から
No.3060 ・ 2012年04月28日




某月某日。学生の頃(というのは七十年代)、私も吉本隆明の『試行』のバックナンバーを探したものだった。なかなか手に入らない。神保町や早稲田の古書店街に行けば創刊号からの揃いは十万円もしていた。三畳の下宿代が五千円の頃だ。それでも、それを法外とは感じなかった。もちろん、どうにもならない。そのどうにもならないものを「欲しい」と思ったのは(といって買えたわけではないが)、あれが最初の古本屋体験だったかもしれない。その内に自分が古本屋になってしまった。
 十年ほど前、古書の大きな入札会に『和楽路』という四冊のガリ版雑誌が出品された。但し書きには「昭16年。吉本隆明文献?」とあったが、中に吉本の名前は見当たらない。
 ふと『墜ちよ!さらば――吉本隆明と私』(昭56・川端要壽)にこの名前があったように思い、神保町から国会図書館まで調べに行った。
 著者の川端と吉本とは東京府立化学工業学校時代の同級生で、『和楽路』(昭16)は十七歳の頃に一緒に出していた同人誌だった。ここに吉本の名が見当たらないのは「哲」の筆名を用いていたからだった。
 後に(昭和38年)、川端は吉本に強い反感を抱き、持っていた吉本の著作を古本屋に持ち込む。その中に四冊の『和楽路』があった。40部ほどを謄写版印刷しただけだから、川端によればこれが「現存する唯一」のものだったという。
 「吉本さんはこのことをご存知なのですか」と問う古書店主に、「関係ない、これは私のものだ」と川端は切り返す。吉本とも付き合いのあった古書店だったのだろう。その稀少さも十分理解していた。結局、『和楽路』を五万円で引き取る。当時としては破格の古書価だ。
 五十年が過ぎて、どこをどう巡ってきたのか、その四冊が戻ってきた。こんなことがあるのかと驚きながら、物語の続きを編むように私はそれを懸命に落札した。
 吉本隆明には、昭和19年に米沢で出した『草莽』という詩集がある。二十部ぐらい作ったそうだが、見たこともなければ、見たという人も知らない。こればかりは、どうにもならない一冊だ。
(古書店主)







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