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評者◆花本武(ブックスルーエ、東京都武蔵野市)
この興奮をとにかく読んで味わってほしい――内澤旬子著『飼い喰い――三匹の豚とわたし』(本体1900円・岩波書店)
No.3059 ・ 2012年04月21日




 壮絶な体験が記録されている。この興奮をとにかく読んで味わってもらいたい。内澤旬子がものした新作ルポ『飼い喰い』は衝撃の一冊になっている。
 内澤の仕事は多岐にわたるが今作は『世界屠畜紀行』に連なるものである。「屠畜」という可視化され得ぬものを緻密なスケッチと軽妙な文章であらわした力作だ。屠畜の現場がタブー視されるメカニズムの網をかいくぐって、出版された稀有な本と言っていいだろう。
 人は動物を食べて生きている。当然のことながら例外はある。宗旨によってはその行為は禁じられる。単純に肉食の文化がないという場合もあるだろう。肉食が動物の命を奪うことで成り立っていることは自明なのだが、スーパーの精肉売り場でパック詰めされている肉を見て、そのことを想像する人はあまりいない。
 隠蔽されている。日本においては複雑な差別の構造と結びついて、動物が美味しいお肉になる過程がぼやけている。内澤は屠畜の専門家ではなく、ましてや差別問題に深くコミットしているわけでもない。そんな状況にただ釈然としない違和感を抱いた美味しいお肉を愛する者なのである。内澤を世界の屠畜事情取材に駆り立てたのは、純粋な(真っ当な)肉食者としての興味に他ならない。
 『世界屠畜紀行』における著者の立場は相当深入りしているとはいえ、あくまで外部からの観察者だった。それが今作においては、くっきりと「実践者」になってしまっているのが驚きだ。なにしろその対象が「屠畜」なのである。これが例えば茶道であるとか、映画製作の実践であるなら、うなずける。内澤がやってのけたのは、三匹の豚を飼い育て、屠り調理してふるまい、その間自身にわき起こる心持ちを書きとめるというおよそ誰も考えつかないある種の人体実験なのである。
 慌ただしく準備をすすめ、とにもかくにも突発的な豚飼いになり、種類の異なる三匹の豚にそれぞれ名前をつけることにする。これは分岐点だ。名前をつけるか否かは、ペットと家畜の境界線を引く行為となる。周囲の養豚のプロフェッショナルは気色ばむ。名前などつけようものなら、必ずや屠る際に苦しむことになるだろう、と危惧して警告する。内澤はゆずらない。名前をつけて可愛がった豚を美味しくいただく、というテーマを設けてぶれない。だが名付けに大反対した畜産農家の方も豚がかわいくて、大事で、美味しくしたくてしかたがないのだということもしかと理解することになる。
 ここまで読んで『飼い喰い』がストイックに畜産における食育を扱った本のように感じた方には、少々お待ちいただきたい。ここ数年で「エンタメノンフ」というジャンルが勃興したのをご存知だろうか。正確にはエンターテイメント・ノンフィクション。ノンフィクションは往々に硬い文章で内容も硬かったりする。その逆で軽快におもしろおかしく事実を綴ったのが「エンタメノンフ」となる。本書はガチガチの「エンタメノンフ」にあたる。
 その証拠となる大爆笑なシーンを紹介しよう。内澤はネパールの屠畜を取材した折りに人糞を餌にしている豚を知る。それをどうしても試したくなり、実行に移すものの……。この呟き「何かとてつもなく非常識なことをした気がしてきた」。
 動物を飼い、殺して、食べる。その本質を見つめることになるラストの怒濤の展開は、もう読んでもらうしかない。全くもって通常有り得ない形での「再会」が描かれる場面に押し寄せる感情は、肉食を愛する者なら共有できるはずだし、するべきなのだ。罪悪感を遥かに超えた大いなる感謝。
 著者のポートレートが挿入される。その手元には、愛し育てた豚の頭蓋骨。内澤の凛とした表情に実験結果が如実にあらわれている。







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