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評者◆小嵐九八郎
文章のパワーと無気味さ、そして切なさ――カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで』(土屋政雄訳、本体八〇〇円・ハヤカワepi文庫)
No.3059 ・ 2012年04月21日




 貧乏なので、ある新聞社のカルチャーセンターと私大でアルバイトをしている。『旧約聖書』や『新約聖書』、『コーラン』、『荘子』などの宗教文章、日本や世界の名作といわれる小説、サトウ・ハチローや西條八十、寺山修司や塚本邦雄などの詩歌をテキストに使う。生徒さんや学生さんに感想を語ってもらうと時間が稼げる。特には、逆に、「これは」と思うのをテキストとして提案してもらう。
 その中で、ごく最近、「日本とイギリスの二つの文化を潜り、イギリスのブッカー賞作家、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』をやって下さい」と言われ、取り上げた。
 恥ずかしいかな、俺は、この小説が映画にされたとか、なんか空恐ろしい話だとか、作者のうすぼんやりした背景は知っていたけれど、他はまるで無知、一応は偉そうに、「そりゃいい」ともっと恥知らずのことを答えてしまった。
 それで、その文庫(ハヤカワepi文庫、本体800円)を読みだしたのだが、冒頭から“提供者”という英語の日本語への翻訳の言葉が出てきて「翻訳者は不親切だなア、何の“提供者”なんだ」などと思い、でも、学園生活のどこか少年少女の初初しさの同質性、しかし、やっぱりどう考えてもおかしい異質性に引きずり込まれていった。文章の、緩まりと痒いところを引っ掻くパワーと、どこかに漠として横たわる無気味さ、必死な生き方の切なさがあるせいだろう。
 やがて“提供者”とは臓器のそれであり、クローン人間がこの定めの下で生きていく話と全貌が分かってくる。近過去の話として書いてあるが発表は2005年、臓器移植が闇や“低開発”国の貧しい人人の問題を含めて明るみになり始めた頃である。日本のエンターテインメントに較べてテーマと文章の忍耐力でかなり水準が上、ジュンブンと較べたら上質の酒と中途半端な睡眠薬の差である。先日亡くなった吉本氏の「近代に生きてるんだから仕方ない」の原発擁護と似た元学園の先生も出てきて、うーむ、参りました。
(作家・歌人)







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