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評者◆志村有弘
女性作家の佳作・力作多数――同級生の個性的で数奇な人生を描く「上海帰りの順子」(西芳寺静江、『水晶群』)、女の孤愁がよく表現されている「家族の闇」(藤井総子、『海峡』)
No.3059 ・ 2012年04月21日




 今回は女性作家の活躍が目立った。西芳寺静江の「上海帰りの順子」(水晶群第62号)が力作。作品の語り手陽子を通して、上海国民学校の同級生竹久順子の個性的で数奇な人生を描く。順子は父の援助で専門学校を立ち上げるが失敗し、やがて連絡が取れなくなってしまう。作中、陽子の優しさが光る。ストーリーの展開と文章のテンポがやや性急な感じがするが、物語の面白さに感嘆。長編小説に仕立て直してみるのもよいかと思った。
 藤井総子の「家族の闇」(海峡第27号)は主人公啓子の心の闇を綴る。夫が酒に溺れ続け、娘たちからも嫌われ失踪した。二年が経過し、長女に子が生まれ、次女も彼と共にいて幸せそうだ。啓子は夫がいたとき、娘から何度も離婚するように迫られたが、踏ん切りがつかないうちに夫が行方不明となった。夫の失踪と引き換えに娘たちとの平安な暮らしがあるのだが、心の中で夫の帰りを待っている。女の孤愁がよく表現されている。
 松本順子の「おいたち」(R&W第11号)は、兄妹(洋平と正子)とは知らずに相愛の仲となり、その妹の親となった者も実は兄妹結婚であったという話。洋平の親は双子の女児が誕生したとき、友人の懇願で正子を養女として送り出した。だが、その友人夫婦は事故死し、正子は実の両親が養い親になった形で引き取られた。そうして悲劇が起こった。構想をやや練り過ぎている向きもあるが、文章も巧みで読ませる作品を作り得ている。
 桜庭いくみの「羊蹄丸」(私人第74号)は、主人公正代の母に対する愛情が美しい。鉱山の落盤で死んだ父は函館の墓で眠っている。母は再婚し、正代は母の実家で育てられた。母は正代と孫との三人で函館に墓参することが夢であった。母の願いを叶えてあげられなかった悔いが正代の心に残り、青函連絡船が廃止される直前に父母の位牌を持って墓参する。墓前で涙する正代の姿が感動的だ。
 堀本広の怨霊譚「母娘火焔地獄」(文芸シャトル第73号)は、人によって評価が分かれるだろうが、私は魅きつけられた。大正時代、学校建設のため、地面師に焼死させられた母娘の浮かばれぬ霊が平成の時代にも現われる。憑依、転生、夢告と共に作者の霊感も示される。読ませる作品である。
 正田正男の「放牛往還記 薬壺」(詩と眞實第752号)が、人間とは何か、悟りとは何かを考えさせられる仏教小説。修羅道に堕ちていた「暴れ者」の丑蔵が、母の願いで時宗派の上人を肩に担いで四里の道程を歩く役目をし、その勤めが終わった直後、上人の手で得度させられる。金仏(阿弥陀如来)を火事から守って死んだ父、必死に息子を救いたいと願う母。座禅を通して次第に悟りの境地に入る丑蔵(放牛)の心の推移が示されてゆく。時宗の上人、寺の僧(祖順)の飄々とした姿も印象的だ。心温まる佳作である。
 笹田隆志の「城ヶ倉大橋」(北狄第357号)は、友人の自殺の真相を追跡する内容。七年の歳月を短編で仕上げているためやむを得ない面もあるのだろうが、遺族の苦悩などをもう少し掘り下げてみると、更に読み応えのある作品となると思う。文章は達者な人だ。
 エッセイでは、松村良の「原発と「不死なるもの」――「平成ゴジラ映画」ノート」(近代文学合同研究会論集第8号)が、昭和と平成のゴジラ映画の比較、特に平成ゴジラ映画が「核」と「人類との共存不可能性を体現していた」と指摘。池内規行編「青山光二年譜」(北方人第16号)が異色の作家青山光二の出生から没後二年までを編んだ貴重な労作。
 詩では、「詩遊」第33号が癌の病と闘う瀬戸ひかりの詩を特集している。冒頭の「余命宣告」など九篇を掲載。余命八か月と宣告された詩人。八十三歳の母が「私より先に死なんとってよ」と涙し、詩人は優しい妹を思って涙する。「神様に任せて」と題する詩は「もう苦しむのは嫌だ/命の長さは/神様に任せて/のほほんと/楽しく生きるんだ」と結ぶ。詩人の澄み切った心境、周囲の人の優しさが示される。
 短歌では、「くれない」第116号が「本土復帰四十年(一)」を特集。玉城寛子の「島人がこぶしをあぐるこの日々に天の心か篠つく雨は」など歌の一首々々が重い響きを以て訴えかけてくる。「短歌21世紀」第170号掲載古賀多三郎の「死は近くまさに今わが前にありさびしく甘き夢にまどろむ」の歌が心に残る。そして、「未来」第721号掲載岡井隆の「ある本をひそかに書き継ぎゐたるころ鳥に読まるるをさへ怖れてた」など軽妙さと鋭く瞬間を捉えた歌七首が印象的だ。
 「照葉樹二期」が創刊された。同人諸氏の今後の発展を期待したい。
 「韻」第21号が崎井貫、「驅動」第65号が長島三芳、「季刊作家」第76号が北里蓉子、「九州文學」第540号が各務章、「飛火」第41号が浅原義雄(諏訪真澄)、「野路」第96号が原井カズエの追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(八洲学園大学客員教授)







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