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評者◆宇田川拓也(ときわ書房本店、千葉県船橋市)
わが国ミステリ界きっての技巧師が放つ、シリーズ最高傑作!――柳広司著『パラダイス・ロスト』(本体1500円、角川書店)
No.3058 ・ 2012年04月14日




 本稿に着手しようとしたそのとき、大沢在昌『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』(光文社)の第三十回日本冒険小説協会大賞受賞を知った(先ごろ第三十三回吉川英治文学新人賞を受賞した、西村健『地の底のヤマ』〔講談社〕も同時受賞)。確かに、あれは傑作だった。私は『毒猿 新宿鮫Ⅱ』(光文社文庫)がもっとも好きなのだが、二十年以上続くシリーズの第十弾にしてなお、その評価が揺らぐような最高レベルを読ませてくれる凄さには、まったく驚くしかない。シリーズものを追い掛けるファンにとっては、これぞ至福といえよう。
 そしてまたひとつここに、そんな至福を味わえるシリーズの最高傑作が誕生した。
 帝国陸軍内で〝魔王〟の異名を持つ上級将校――結城中佐が密かに立ち上げたスパイ養成学校――通称〝D機関〟。敵を殺すこと、お国のために死ぬことを一義とする軍国主義の時代に、「スパイとは〝見えない存在〟であること」、「殺人及び自死は最悪の選択肢」という戒律――死ぬな、殺すな、とらわれるな――を徹底的に叩きこまれた異能のスパイたちの暗躍と、彼らを操る〝魔王〟の超絶的な采配を描いた柳広司の人気シリーズ〝ジョーカー・ゲーム〟。その第三弾となる『パラダイス・ロスト』は、日本のみならず、フランス、シンガポール、ハワイ近海を舞台にしたワールドワイドなスケールと、結城中佐の出生の秘密を巡るスリリングな騙し合いが展開し、より巧妙に、より精緻に、より刺激的に進化した頭脳戦と、戦時下での人間ドラマが読み手の目を釘づけにする。
 おそらく結城中佐のファンなら今回は、「帰還」と「追跡」の二編に拍手を送るに違いない。だが私は、表題作「失楽園」と初の中編「暗号名ケルベロス」を強くみなさまにオススメしたい。
 〝東洋の真珠〟、〝神秘の楽園〟と呼ばれる英国領シンガポールのラッフルズ・ホテルで、英国人実業家殺害事件が発生。犯人として恋人を逮捕されてしまった米海軍士官が、懸命な調査と推理を繰り広げて愛する者をついに窮地から救い出す……。そんなハッピーエンドを迎えたはずの事件の裏側から、〝D機関〟スパイのあまりに巧緻な企みと意図が浮かび上がり、物語の様相が一変してしまう驚きの瞬間、わが国ミステリ界きっての技巧師――柳広司の見事な手腕に、だれもが舌を巻くに違いない。
 いっぽう、ハワイ沖でイギリス軍艦に拿捕された日本の豪華客船の船上で、任務遂行中、予期せぬ事態に巻き込まれる〝D機関〟スパイ。ターゲットが目の前で「貴様……やはり……ケルベ……」という謎の言葉を遺して毒殺されてしまい、彼は任務の枠を超えて〝たとえどんな犠牲を払ってでも〟解き明かさねばならない謎と対峙することになる。この謎の根底にある「戦争が人間にもたらす真の残酷さ」、そして解いた謎に対して異能のスパイが選んだ責任の取り方からは、本シリーズが冷徹な切れ味の鋭さとともに備えている魅力――血の通った人間の醸し出す魂の熱量を充分に感じていただけることだろう。
 最後に、本作全体の構成について触れておくとしよう。第一話「帰還」が、外から内へ戻る物語だったのに対し、最後の「暗号名ケルベロス」は内から外へ向かう物語となっている。こうして諜報戦の非情で深い闇と、大いなる世界の広がりをわずか二百五十ページに凝縮してみせる精巧な作りにも、ぜひご注目いただきたい。







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