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評者◆殿島三紀
ベルギーの名匠がつくった現代のおとぎ話──ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督『少年と自転車』
No.3057 ・ 2012年04月07日




 ベルギーの名匠がつくった現代のおとぎ話

 昨年、第64回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『少年と自転車』。ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の作品だ。3歳違いのこの兄弟監督、本作でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞したことにより、カンヌでは5作品連続主要賞受賞という史上初の快挙をなしとげた。そして、本作『少年と自転車』は、監督達が来日の折、一人の女性弁護士から聞いた実話に触発されて制作した作品である。
 主人公の名はシリル。養護施設に預けられたもうすぐ12歳になる少年だ。少年はハリネズミが全身の針を逆立てるように、施設の職員たちと睨み合う。「ね、電話は通じないんだよ。もう止めよう」と職員が説いて聞かせても、頑なに受話器を握って離さない。私は彼の頑固さに腹を立てながらも、少年の強い闘志に圧倒されてスクリーンを見つめる。その内、彼の肩や背中がガチガチに緊張しているのが見えてきた。さらに、その緊張と闘志がパパに会いたい、会わなくちゃならないという必死さから生まれたものだとわかると、柄にもなく少年の強張った肩や背中を抱きしめたくなってしまった。
 親に捨てられた子どもといえば、韓国映画『冬の小鳥』(09年)でも主人公の少女ジニはその受けいれがたい痛みを小さな体で必死に耐えていた。『少年と自転車』のシリル少年はジニよりは荒々しく全身全霊でその痛み、苦しみ、悲しみをぶつけてくるのだが。

ストーリー

 自分を児童養護施設へ預けた父親を見つけ出し、もう一度一緒に暮らしたいと願うシリル。彼は学校へ行くふりをして、以前父と暮らしていた団地に来た。教師たちが彼を探しにくる。少年は追及を逃れようと、団地の診療所に逃げ込み、待合室の女性にしがみついた。「パパが買ってくれた自転車があるはずだ」と言い張る少年を納得させるため、大家が部屋の鍵を開けて、空っぽの室内を見せる。
 数日後、診療所でシリルがしがみついた女性が施設を訪ねてきた。彼女は見つけた自転車を、持ち主から買い取って届けにきてくれたのだ。サマンサというその親切な女性を追いかけ、「週末だけ里親になってほしい」と頼み込むシリル。
 美容院を経営するサマンサと週末を過ごしながら、シリルは自転車に乗って父親の行方を探しまわる。ようやく父の働く店が見つかり、彼は興奮して父のもとへ向かった。嬉しさに上気した少年。そして、当惑した様子の父親。帰りの時間が近づいた時、父親はサマンサをひきとめて言う。「もう会いたくないと伝えてくれ」……。

 ベルギーの下層に生きる人々を描くことの多いダルデンヌ監督。シリル少年の父親もやむを得ない状況で息子を養護施設に預けた貧困者である。だが、それはあくまで大人の都合。「もう会わない」と息子に告げた父は子どもを二度捨てるという残酷な罪を犯したことになるのだ。11歳の子どもには大人の事情を斟酌する余裕も能力もない。
 だが、シリルは「ハリネズミ」になって大暴れをし、自分を主張したから、あきれながらも手を貸してくれる大人がいたし、救われもした。本来無条件に愛し、面倒を見てくれるはずの親に捨てられ、やっと出会えた親から拒絶されてしまったら、子どもは抱えきれない悲しみを無理やりその小さな心と体に押し込むしかないではないか。ああ、なんと救いのない……と嘆く必要は、実は、ない。
 ダルデンヌ監督の作品には常に優しい視線が存在するのだ。本作ではサマンサがそう。家族の絆が断たれてしまったシリルにとって、サマンサとのつながりはDNAを介さない新しい絆である。『少年と自転車』はおとぎ話かもしれないが、おとぎ話は子どもにも大人にも必要であろう。これは果敢に新しいつながりを求めていきたくなる現代のおとぎ話である。
(フリーライター)

※『少年と自転車』は、3月31日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
※※筆者のブログ「殿様の試写室」=http://mtono sama.exblog.jp/







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