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評者◆沢田史郎(丸善津田沼店、千葉県習志野市)
名犬中の名犬、「マクナイト」登場! 沢木冬吾著『約束の森』(本体1900円、角川書店)
No.3057 ・ 2012年04月07日




 『アルプスの少女ハイジ』のヨーゼフ、『ウォッチャーズ』のアインシュタイン、『新造人間キャシャーン』のフレンダー、『セントメリーのリボン』のジョー、『パーフェクト・ブルー』のマサ、『晩秋(スペンサー・シリーズ)』のパール、『フランダースの犬』のパトラッシュ、『僕の名はチェット』のチェット、『星守る犬』のハッピー、『マリリンに会いたい』のシロ、『盲導犬クイールの一生』のクイール、etc、etc……。
 とまぁ、物語の中で活躍する犬ってのは、記憶の底をざっとさらっただけでもこんなに出て来る。しかもそれぞれが優しかったり賢かったり勇敢だったりタフだったりと、その魅力に甲乙つけ難いのは衆目の一致するところだろう。そんな名犬の殿堂に、この度新たに一頭が加わることになったので紹介したい。その犬の名は〝マクナイト〟。沢木冬吾さんの新作『約束の森』を一読すれば、きっと誰の胸にも忘れ難い印象を残すであろう、名犬中の名犬だ。
 主人公は奥野侑也、四十九歳。とある事件で心に傷を負い、退職した元・公安刑事。かつて上司だった男の斡旋で、東京から北上すること六〇〇キロ、荒れ果てた牧草地の真ん中に居を構え、近くのモーテルの従業員として働くことになる。そのモーテルで侑也が出会ったドーベルマンこそが、本書のもう一人の主役・マクナイトだ。現役時代、警備犬を担当していた侑也は、マクナイトを譲り受けることを条件に、北の大地に移り住む。
 ところが、あてがわれた住居に移ってみると、そこには隼人とふみと名乗る若い男女も引っ越してきて、更に驚いたことには、初対面のこの三人で親子を演じて生活しろと指示される。侑也の勘では、どうやら公安の大掛かりな作戦の囮か、さもなくば餌として自分たちは使われているらしい。これから一体、何が起こるのか?
 ってな序盤。その後は何だか正体が分からない複数の非合法組織が見え隠れして、少しずつ緊迫の度合いが高まってゆくハードボイルド・ミステリーであるのだけれど、それ以上にこの作品は、圧倒的にマクナイトの物語であると言っておく。
 このマクナイト、侑也が譲り受けるまで実は何者かに虐待されていたらしく、人間不信ゆえに極めて短気、且つ攻撃的。洗ってやろうとするだけで、咬む。散歩の時は引き綱いっぱいまで距離を取る。当然、名前を呼んでも尻尾一つ振ろうとしない。早い話が、主従一体とはほど遠い。しかし侑也の根気強い愛情が、奇跡の予兆を増幅させる。いつの間にか侑也が近づいても逃げなくなり、触ろうとしても咬まなくなり、呼べば振り向くようになり……。
 侑也とマクナイトの触れ合いの描写がとにかく丁寧で且つ美しく、中盤以降は、マクナイトがただのペットではなく、完全に一個の人格として読む者の胸に迫って来る筈。故に終盤のクライマックスではどの登場人物よりもマクナイトに感情移入し、その活躍に快哉を叫びつつも、怪我をしやしないかハラハラし通し。
 更にこの物語、実は侑也とマクナイトだけでなく、隼人とふみ、モーテルのオーナーやら支配人までも含めた絆の物語にもなっていて、互いを信じ、気遣い、力を合わせる彼らの描写に、目頭を熱くせずにいられようか(いや、いられない)。なんて反語法を駆使しつつ、登場する何人もの悪役たちの最大の誤算は、日増しに結束を増してゆく彼らの友情であると、私は読んだ。何しろ、町のごろつきまでもが、ラストでは実に良い表情を見せやがる。出来ることならいつまでも読み終わらずに、ずーっと読んでいたかった。
 本書を読んでつまらなかったら、責任を取って土下座をしたっていいかも知れない。そのぐらいの自信をもって宣言しよう。この作品を読み逃したら、人生の喜びの何パーセントかをきっと損することになる。







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